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hihiorsincさん

鉄人の名は「鉄人28号」から

体が頑丈であったことと、1974年までの背番号28から、鉄人(横山光輝の漫画『鉄人28号』より)の愛称で親しまれた。

父親はアフリカ系アメリカ人

在日米軍の父親と日本人の母親のハーフ。日本人離れした身体能力の源。
長男は俳優の衣笠友章。

本当は柔道をやりたかった?!

中学に柔道部がなくやむなく野球部に入部。
あの屈強な肉体と身体能力を持ってすれば、柔道でも相当な実力者になっていたと思われる。

破天荒!契約金でアメ車を購入するも免許剥奪

監督やコーチ・主力選手の大半がマツダ車に乗るなか、高卒の新人のくせにアメ車フォード・ギャラクシーを乗り回す。しかも何度も事故を起こし、最終的には免許を剥奪された。

人間の器がデカい

デッドボールを受けても決して怒らず、相手投手に「いいよいいよ」と軽く手を上げてゆっくりと一塁に走っていく様子は、人としての器の大きさを感じさせられた。

男気が凄い

1979年の「江夏の21球」で知られる日本シリーズ第7戦、9回裏にマウンドに上がった江夏豊がブルペンで控え投手が投球練習を始めるのを見て激怒。
その気配を察した衣笠はマウンドに歩み寄り、”俺もお前と同じ気持ちだ。ベンチやブルペンのことなんて気にするな、やめるなら一緒に辞めよう”となだめた。

全治2週間の骨折を負うも、翌日代打でフルスイング!

1979年8月1日対巨人戦で西本聖から死球を受け、左の肩甲骨を亀裂骨折。翌日の試合で代打として打席に立ち、江川卓の投球にフルスイングで三球三振し「1球目はファンのために、2球目は自分のために、3球目は西本君のためにスイングしました」とコメントしたのは有名な話。実は続く3日の試合では2番三塁手としてフル出場をしている。監督も容赦ない。

2131試合連続出場の世界記録(※当時)を樹立!

1987年にメジャーリーグのルー・ゲーリッグが保持する2130試合連続出場世界記録を更新。
引退までに2215試合連続出場を果たした。

国民栄誉賞を受賞!

1987年、王貞治に次いでプロ野球選手として2人目の国民栄誉賞を授与された。

アメリカ人もリスペクト!

衣笠の記録はアメリカでも非常に高く評価されており、現在でも「キヌガサ」は、アメリカで最も名前の知られている日本人野球選手の一人である。1996年6月14日にカル・リプケン・ジュニア(オリオールズ)が記録を更新した試合にも、来賓としてアメリカに招かれた。

類いまれなる先見性?!小学生のイチローの実力を見抜く!

当時小学生のイチローが名球会主催の野球教室に参加。衣笠はイチローの父親に「お父さん、この子いいですよ。大事に育ててあげてください」と伝えた。
しかし後年、「あの時はみんなにそう言っていたからねえ。憶えてないです」と答えていた。

宝田明とCMで共演

耐久性も抜群

ジャズをこよなく愛する

ジャズ愛好家としても知られ、TBSラジオで「鉄人ミュージック」というコーナーを持ち、番組DJを務めていた。

バッグの中に必ず絵具箱を入れていた

水彩画をたしなむ趣味も持ち、現役時代はキャンプに赴くバッグの中に必ず絵具箱を入れていた。

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