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清原和博、48歳。その肉体改造(変化)の歴史

今のキヨは大嫌いだ。けど、むかしむかし、清原というすごい野球選手がいた。王選手の868本の世界記録を超えてくれると信じていた。。。

更新日: 2016年02月03日

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1998年から、故障や怪我に悩まされることになった清原が、1999年オフ、プロレスファンの清原はプロレスラーの前田日明に紹介してもらい、ケビン山崎のジムに通いウェイトトレーニングを開始した。

この『肉体改造』は30代中盤を迎えようとしていた清原の体重を増加させ、圧倒的なパワーで東京ドームで看板直撃ホームラン弾を連発することもあった。これらの努力によって2001年には、5番打者として自己最高の121打点を記録した。

しかし、この肉体改造が彼の人生の歯車を狂わす分水嶺になったように思えてならない。

清原和博 500号記念特集 ※2005年に巨人を退団しオリックスへ

米国・シアトルで肉体改造 ケビン山崎(山崎登)氏の指導を受ける清原和博=2000年1月8日(撮影・宮川勝也)

理に適ったことしかやらない、落合が手に入れたこの筋肉こそ、野球選手としての究極の型だろう。

ふんどしと日本刀は撮影のエッセンスとして。。。

この体形こそが、清原が求めるべきの野球選手としての理想の身体だったんじゃないかと思う。

あの頃、キヨも細かった。。。

右は、桑田真澄くん。桑田くんとは、初夏合わせて5回も甲子園に出場!この頃の大阪の他校の球児たちがかわいそうだったぐらいのPL全盛期。

第67回全国高校野球選手権大会・決勝 PL学園対宇部商 PL学園優勝 1試合2本塁打 宿舎でホームランボールを手にする清原和博=1985年8月21日

自分から進んでマウンドにあがったこともあった。。。

高校時代の体格は、星稜時代の松井に似てるなあ。

ドラフトで、涙を流し、西武へ (西武在籍:18歳~29歳)

【西武時代の成績】
(18歳 - 19歳) .304 31本 78打点 OPS.976
(19歳 - 20歳) .259 29本 83打点 OPS.907
(20歳 - 21歳) .286 31本 77打点 OPS.949
(20歳 - 22歳) .283 35本 92打点 OPS1.001
(21歳 - 23歳) .307 37本 94打点 OPS1.068
(22歳 - 24歳) .270 23本 79打点 OPS.858
(23歳 - 25歳) .289 36本 95打点 OPS.959
(24歳 - 26歳) .268 25本 75打点 OPS.862
(25歳 - 27歳) .279 26本 93打点 OPS.925
(26歳 - 28歳) .245 25本 64打点 OPS.870
(27歳 - 29歳) .257 31本 84打点 OPS.866

こんな初々しい時代だってあったんだ!

本当、この時は、巨人ファンがもらい泣きするくらい(実際泣いたし!)感動的だった。。。。
この頃は、野球選手らしいしなやかな身体を持っていたのになあ。

こんなに完成された高卒のバッターは、もう出ないだろうなあ。この頃のバッティングは、力みがなくて柔らかいなあ。

西武時代は、少しづつ身体も大人の体形に仕上がっていく。いわゆるプロの身体に。。。

この頃が、清原の身体で理想的な、時期だったんじゃないかなあ。

1996年東西対抗 東西対抗で顔をあわせた清原和博(手前・西武)と王貞治監督(ダイエー)=1996年11月3日

巨人への移籍直前の歳。ちょっと体形に変化が。。。

西武最終年の成績
本塁打:31本、84打点、率.257

そして巨人へ (巨人時代 29歳から37歳)

【巨人時代の成績】
(29歳 - 30歳) .249 32本 95打点 OPS.865
(30歳 - 31歳) .268 23本 80打点 OPS.863
(31歳 - 32歳) .236 13本 46打点 OPS.795
(32歳 - 33歳) .296 16本 54打点 OPS.950
(33歳 - 34歳) .298 29本 121打点 OPS.942
(34歳 - 35歳) .318 12本 33打点 OPS.981
(35歳 - 36歳) .290 26本 68打点 OPS.935
(36歳 - 37歳) .228 12本 27打点 OPS.954
(37歳 - 38歳) .212 22本 52打点 OPS.753

巨人二年目の1998年に左太腿肉離れ、三年目には藪(阪神)の死球で左手を亀裂骨折。巨人時代のキヨは、怪我との戦いに。

そして、1999年から始めた肉体改造が、理想と現実を清原に叩きつけていくことに。

そして、1999年から始めた肉体改造が、清原を蝕んでいった。。。

1999年オフ、プロレスファンの清原はプロレスラーの前田日明に紹介してもらったケビン山崎のジムに通いウェイトトレーニングを開始した。この『肉体改造』は30代中盤を迎えようとしていた清原の体重を増加させ、圧倒的なパワーで東京ドームで看板直撃ホームラン弾を連発することもあった。これらの努力によって2001年には、5番打者として自己最高の121打点を記録した。

これだけ身体が大きくなったのに、成績は十代の頃と変わらない現実。
見た目は、大リーガーにひけをとらないのに、成績が比例していかない現実。

清原は、「野球選手は、身体の大きさで能力を競うスポーツではないことを、身を持って証明した。」
同じ道を歩もうとしている、中田翔の未来は暗い。。。

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タンクロウさん

映画とスポーツが大好きで、ちょこちょこまとめています。

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