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金沢カレー その知られざる真実の歴史

今解き明かされる金沢カレーの歴史。観光地としても脚光を浴びる金沢にチャンピオンカレー、アルバ、ターバン、ゴーゴーカレーらの個性的な飲食店が誕生出来た理由。更にそれら、カレー専門店の創業の歴史と創業者達の関係を知ることが出来ます。

更新日: 2015年03月24日

storeさん

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金沢カレーの始まり

戦時中から金沢片町に存在した高級洋食店「狸茶屋」は1997年にその歴史の幕を閉じた。

チャンピオンカレー創業者 田中吉和とキッチンユキの創業者 宮島幸雄がなんと「狸茶屋」で当時、修行していた。「狸茶屋」は三島由紀夫の小説「美しい星」に登場する名店としても知られる。

金沢カレーの創始者の5人(インデアンカレー、ターバンカレー後のチャンピオンカレー、キッチンユキ、アルバ、うどん亭大黒屋)は国鉄厚生会が経営していたレストラン・ニューカナザワのチーフ・コック達だった。

写真は昭和35年頃。

金沢カレーの系譜

インデアンカレーの野村幸男、アルバの今渡 忠、後のチャンピオンカレー創業者の田中吉和、キッチンユキの宮島幸雄、うどん亭大黒屋 高田義教ら全ての創業者達に金沢カレーを巡る深い絆がそこに存在した。カレー専門店では無いが「金沢うどん亭大黒屋」も当時のニューカナザワに在籍していた高田義教のお店である。(宮島幸雄に師事)カレーうどんが旨いのはその理由。竪町の井筒屋も「金沢うどん亭大黒屋」の系譜を受け継いでいる。

金沢カレーの歴史

1961年 3月 限チャンピオンカレー創業者 田中吉和が高岡町に洋食タナカを開店
1964年 インデアンカレー 金沢市片町金劇ビルに野村幸男が開店。今渡 忠にサポートを要請。
1965年 およそこの時期に洋食タナカが「カレーライスのタナカ」となる。
1966年 キッチンユキ 金沢駅地下街に宮島幸雄が創業。今度と高田が開店時にサポート。
1970年 カレーの市民アルバ 小松市に今渡 忠が創業
1971年 7月 株式会社ターバン創業 代表取締役は元銀行員の岡田隆
1971年 8月 ターバン片町店 岡田・田中の共同経営で開業 / ターバン高岡町店に改名
1970年 初頭、インデアンカレーFC1号店として「てきさす」が松村町に開店。
1973年 12月 田中吉和、田中博子が株式会社ターバン取締役を辞任
1974年 3月 田中吉和 金沢工業大学近くに「ターバン」を開店
1985年 某月インデアンカレーが直営、FC併せ48店舗に成長
1991年 7月 田中吉和 タナカのターバン 野々市工大前 / 有限会社ターバンカレー工場 創業
1993年 およそこの時期にインデアンカレー直営店消滅
1996年 5月「ターバン」を商標登録 / 権利者は株式会社ターバン取締役 田中博幸
※田中博幸は創業者の娘の配偶者。田中吉和との血縁関係はない。
1996年 7月 工大前のターバンカレーがカレーのチャンピオンに名称変更
※この頃からチャンピオンカレーがターバンカレーを追い上げ、シェアを奪い始める。
2003年 某月インデアンカレー解散 / FC向けカレールーの提供だけとなる
2003年 3月 ターバンカレーに3ヵ月だけ勤務した宮森宏和が有限会社ゴーゴーシステムを設立
2004年 5月 ゴーゴーカレー 新宿本店1号店 開業
※ゴーゴーカレーの1号店出店は金沢より新宿が先であることに注目
2005年 8月 株式会社ターバン 解散
2005年 12月 有限会社ゴーゴーシステムが株式会社ゴーゴーシステムに変更
2005年 5月 ゴーゴーカレー 金沢本店 開業
2005年 11月 ゴールドカレー本店オープン/チャンピオンカレーFC独立で今井章完が創業
2006年 5月 株式会社ターバン 新会社法適用の会社(監査役設置会社)としてを登記
2007年 金沢市の佃煮の専門店である佃食品「佃の金沢カレー」を商標登録
2007年 5月 ゴーゴーカレー NY本店 開業
2008年 6月 チャンピオンカレーパック(1Kg入り)がモンドセレクション銀賞を受賞
※この頃からゴーゴーカレーがチャンピオンカレーからシェアを奪いはじめる。
2011年 12月 インデアンカレー 直営店 復活

金沢カレーの代表的店舗

一旦、金沢から直営本店は無くなったものの、20年ぶりに復活したカレーマニアご存知のお店。インディアンでは無く、インデアン。

本店が潰れるってどうなん?みたいなのは置いといて、古典的金沢カレーの源流的ブランドであることは歴史上の事実。

チャンカレと呼ばれる。ターバンカレーからの分離独立後名称を改称。FC店があるが本店とFC店の品質に違いが大きいことは地元民には周知の事実。また金沢市では無く、石川郡野々市(ののいち)に存在する。

金沢カレーとされる、現在のカツカレーを創ったのは創業者の田中吉和である。

金沢市のお隣、白山市(旧松任市)の洋食屋。金沢市民が立ち寄る洋食店として老舗。カレーもいわゆる金沢カレーであるがここは玉子野菜スパゲティがマスト。

ハントンベーキライスも定番的人気メニュー。昔はカレーと玉子野菜スパゲティを注文していたが今はそんなに食えないw。

1970年(1971年という説も)にカレーの市民アルバを小松市に今渡 忠が創業。

2006年より、加賀電子の子会社であったKGF株式会社が首都圏・大阪市などでフランチャイズ店舗を運営。2010年に加賀電子が保有するKGF全株式をアルバ本店を運営している有限会社アルバに売却。

ターバンカレー(またはカレーハウス・ターバン)は洋食タナカの常連客だった当時、銀行員の岡田隆と田中吉和が共同経営で金沢の繁華街、片町に開店。その後、紆余曲折を経て、チャンピオンカレーの田中との共同経営を解消し、現在のターバンカレー広坂店を本店とするに至る。ちなみにGoGoカレーの創業者はここでわずか3ヶ月バイトしただけ。

インデアンカレー大徳店としてFC1号店。同じ場所で現存し続ける金沢カレーのお店として最古のお店。喫茶店ブームの先駆け的なお店。

始めて来た時「てきさす」で何を食べるべきか?それはヤサタマカレーに他ならない。

うどん亭大黒屋も当時のメンバーキッチンユキ創業者の宮島幸雄に師事したニューカナザワに在籍していた高田義教の系譜を受け継ぐお店である。カレーうどんが旨いのはその理由。

「金沢カレーうどん」として今後、注目されるだろう。カツカレーもある。竪町の井筒屋もうどん亭大黒屋の系譜。

ゴーゴーカレーの一号店は金沢では無く新宿。提供されるカレー自体はターバンカレーを継承(真似)し、アレンジされたものであるが、正直、金沢カレーのブランドとしての支持は地元では無い。

激戦区の北陸以外の地域を意識したマーケティングによるFCビジネスと見るべきだろう。

2005年頃(調査中)にチャンピオンカレーFC店舗(当時は初の直営店とPRされたと記憶するが)としてオープンした店舗がチャンピオンカレーから独立し、ゴールドカレーとして、2005年11月に創業。

既に国内3店舗、バンコク1店舗の出店を果たしている。チャンカレにはなぜかツジツマの合わない話がついて回る。

なんとカレーが大好きな私の友人が遂に念願のインデアンカレーのお店を出店してしまいました!

松井秀喜が高校生の時代食べたのは「GoGoカレー」ではなかった!

松井秀喜は星稜高校近くの「カレーの市民アルバ・鳴和店」でカレーを食べていた。当然ながら、松井秀喜が高校生だった1990-92年当時、ゴーゴーカレーは存在していなかった。ちなみにゴーゴーカレーの第1号店は東京新宿本店。

カレーハウスCoCo壱番屋 創業者に石川県との縁が?

1978年にカレーハウスCoCo壱番屋を名古屋で創業した宗次徳二は生後まもなく兵庫県尼崎市の孤児院に預けられたが、戸籍上、石川県出身者であった。

最古の金沢カレーはインディアンカレーだった!

カレー専門店としての業態を最初に作り上げたのはインディアンカレーの野村幸男だった。ステンレスの皿と先割れスプーンもインディアンカレーが考案したとされる。北陸三県で直営、FC併せ、1985年には48店舗の圧倒的な支配力を誇ったプレゼンスを鑑みると、世代によっては「金沢カレー」はインディアンカレーを元祖とする意見も多い。

受け継がれる源流

そのインディアンカレーのメニュー構成は「キッチンユキ」「てきさす」で現在も継承され、2011年 12月にはインディアンカレー直営店が復活。ちなみに類似する名称の店舗が県外にもあるが石川県のインディアンカレーとは関係は無い。

カツカレーを完成させたのはチャンカレの田中吉和だった!

金沢カレーの代表的メニューである「カツカレー」の原型を完成させたのはチャンピオン・カレーの創業者、田中吉和だった。推定ではあるが1965年頃には今の形が出来たと考えられる。

金沢、野々市、松任、小松 その地域展開は偶然では無かった

現在でこそ「金沢カレー」の市場が拡大した為に店舗の密度は高くなっているが「金沢カレー」の創業者達の初期の出店を振り返ると、常にお互いの商圏に配慮していたことが見てとれる。

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金沢、ハワイ、自動車に関するまとめを趣味で作ってます。
松田春人:http://twitter.com/MazdaHaruto