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【東京23区・神奈川】遺構の残る幻の駅・廃駅10選

興味があったので調べてみたら、東京都内・横浜市・川崎市といった首都圏だけでも廃駅跡が結構ありました。いつもの路線で何気なく通過しているかも。廃墟・廃線好きも必見。

更新日: 2015年01月24日

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ごみ子さん

1. 万世橋駅、昌平橋駅

国鉄万世橋駅は、国有鉄道(休止時、運輸通信省鉄道総局)中央本線にあった駅。東京都神田区(現:千代田区)の神田駅と御茶ノ水駅との間にあった。

国鉄万世橋(まんせいばし)駅は、1912年(明治45年)に中央本線のターミナル駅として開業。
初代駅舎の設計は東京駅丸の内駅舎を手がけた辰野金吾で、大変豪華なものだったという。

しかし、新たなターミナルとなる東京駅、近隣の神田駅、秋葉原駅と相次いで開業した上、関東大震災で駅舎を焼失したことなどから利用客が減少。1943年(昭和18年)に休止(実質廃止)となった。

辰野金吾設計の駅舎。
一等・二等待合室、食堂、バー、会議室などを備えた豪華なものだった。

関東大震災後に建った駅舎は徐々に縮小され交通博物館に転用されていたが、2006年に閉鎖。
その後、取り壊しとリニューアルを経て、2013年9月にmAAch ecute(マーチエキュート)神田万世橋として開業した。

マーチエキュート神田万世橋の御茶ノ水側は、万世橋駅の開業を待つ2年間のみ仮駅として使われた昌平橋(しょうへいばし)駅の遺構。

ちなみにこちらは旧東京地下鉄道万世橋駅への階段がある通風口。
現在は銀座線が通っているが、かつての地下フロアを電車から目視するのは困難とのこと。

2. 博物館動物園駅

博物館動物園駅(はくぶつかんどうぶつえんえき)は、かつて東京都台東区上野公園にあった、京成電鉄本線の駅。

1933年(昭和8年)、上野~日暮里間の京成本線の開通に合わせて開業。かつては東京帝室博物館や東京科學博物館、恩賜上野動物園、東京音樂學校、東京美術學校などの最寄り駅であった。

老朽化や乗降客数の減少により、1997年(平成9年)に営業休止。復活することはなく2004年(平成16年)に廃止となった。

駅舎やホームは現存し、非常用の避難路となっている。2面2線の相対式だが、上下線で互い違いにホームが設置されている。

この出入口の設計者は中川俊二。国会議事堂中央部分に似た西洋様式の外観が特徴的である。

昭和40年代にはもう一箇所出入口が存在したが、現行の動物園正門の開設により閉鎖され、東京都美術館の資材倉庫として利用されるようになった。

休止直前のホーム。
1981年(昭和56年)以降、普通列車の一部が6両編成になったことで停車本数が減少。
休止直前は7時台から18時台までに限り営業されており、日中は停車する列車の間隔が1時間以上空く時間帯もあった。

通過の際、わずかな間ではあるが車内からも見ることができる。

3. 寛永寺坂駅

寛永寺坂駅(かんえいじさかえき)は、かつて東京都台東区の京成電気軌道本線上に存在していた駅である。博物館動物園駅とともに、日暮里駅 - 京成上野駅間の地下線に設けられていた地下駅だった。

1933年(昭和8年)、京成電鉄が日暮里ー上野公園(現京成上野)間の地下鉄を完成させた際、寛永寺付近に設けられた。

1945年(昭和20年)、運輸省疎開のため日暮里ー京成上野間のトンネルが接収を受けたことで営業を休止していたが、翌1946年(昭和21年)に営業再開。
しかし、この駅が急勾配上にあったため戦後まもなくの車両性能では運行上の危険が生じたことと、利用客があまり見込めなかったことから、1947年(昭和22年)には再び営業休止を余儀なくされた。そのまま再開することなく1953年(昭和28年)に正式に廃止となった。

跡地は現在も京成電鉄が保有しているが、駅舎と駅前広場跡は倉庫会社に貸し出されている。

2面2線の相対式であったホームは取り壊されたが、その空間や壁は今も通過中の列車内から目視可能である。
下り線ホーム側には地上への階段が現存し、「口出」の表示が残っている。

かつての駅前広場に残る国旗掲揚台跡。
正面には「国威宣揚」と刻まれている。

4. 新橋駅 旧東京高速鉄道ホーム

1939年(昭和14年)1月15日には同駅から建設していた東京高速鉄道の駅が開業した。同社は東京地下鉄道の規格に合わせて建設されており、1935年(昭和10年)には直通運転の協定を結んでいたものの東京地下鉄道側の準備が整わなかったことから、同年9月16日に相互乗り入れを開始するまでの8ヶ月間、東京高速鉄道側で独自に建設した駅ホームを使用していた。

出典ascii.jp

8ヶ月間のみ使用された仮の2面2線相対式ホーム。
2007年の地下鉄開通80周年記念イベントで公開され、使用されていた当時の様子などのパネル展示も行われた。

出典ascii.jp

現在(2007年)の様子。
アーチ状の柱が残っているが、駅名標などは全て取り外してしまったとのこと。
当時の車両は2両編成だったため、ホームも2両分。

ホームがなぜか車両よりも15センチほども高く作られているのだが、設計図が紛失しているためその理由は不明だという。

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