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伝説をつくった男たち「能登杜氏四天王」を識ると日本酒がもっと旨くなる!!

日本各地で独自の酒造法を発展・継承してきた杜氏集団。その一つ「能登杜氏」には四天王と呼ばれる男たちがいます。現代日本の酒造りの潮流を生んだといっても過言ではない名杜氏たちの足跡の一端に触れたいと思います。

更新日: 2014年04月01日

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yoijoyさん

そもそも杜氏(とうじ)とは

日本酒の醸造方法とその管理方法は、世界でも類を見ないほど複雑にして精巧です。この技術を継承してきたのが杜氏です。
現在では酒造りを行う技術者を酒造技能者と呼び、酒蔵の長を杜氏、その他の技術者を蔵人(くらびと)と総称して区別 しています。
資格としては酒造技能検定で一級技能士を持つ人が杜氏となっていることが多く、酒造りの責任の他、蔵人を総括し蔵内酒造現場の管理をも行っています。
繊細で複雑な工程の酒造りは、杜氏の経験と勘がその出来を左右する。

日本四大杜氏の一つに数えられる「能登杜氏」

南部(岩手県)、越後(新潟県)、但馬(兵庫県)と並び、日本四大杜氏に数えられる職人集団。
その高い技術は『能登流』と呼ばれ、
これまで多くの銘酒、名杜氏を生み出してきた。

▲能登町ホームページより http://www.town.noto.lg.jp/www/index.jsp

能登杜氏の醸す酒の特徴は、味が濃くしっかりとしていること。

「能登杜氏四天王」とは

「常きげん」の農口尚彦(のぐちなおひこ) 杜氏
「満寿泉」の三盃幸一(さんばいこういち) 杜氏
「天狗舞」の中三郎(なかさぶろう) 杜氏
「開運」の波瀬正吉(はせしょうきち) 杜氏

四天王の頂点に立つ農口尚彦 杜氏

吟醸酒造りの先駆けであり、伝統的山廃仕込みを受け継ぐ技能者でもある名杜氏

農口さんは、酒造りの責任者である杜氏の家に生まれた。終戦後の貧しい時期、「手に職を得たい」と16歳から静岡や三重の酒蔵3カ所で修業。28歳で有名ブランド「菊姫」の杜氏になった。
 「でも最初の酒は薄味と不評だった」。東海地方で修業を積んだ農口さんの酒は、濃い酒が好まれる石川にはなじまなかった。研究を重ね、喉の通りがいい切れの良さを追い求めた。「夕方、山仕事を終え、酒屋で最後の一滴まで飲み干せる『労働酒』。これが酒造りの原点」と語る。
 こうじ菌をコメの内部に深く食い込ませるため、繁殖しやすい条件をいかに整えるか――。これが味の深みを左右するポイントという。蔵に隣接する母屋に半年間泊まり込み、蒸したコメの粘り気を確認するため真夜中に何度も起きてはコメをかみ続ける作業を続けた。

「杜氏になるまでは『自分で酒は造れる』と思っていました。しかし、自分の責任で酒屋の看板となる酒を造るとなったら、どういう酒を造ればいいのか分からなくなったんです。頭の中が真っ白になりました」
 その後農口さんは、『自分の酒』を見つけるために試行錯誤を重ねる。2年目からは、後の農口さんの代名詞となる『山廃仕込み』を学ぶため、丹波杜氏のもとに6年通った。
 「今振り返ると、わたしの本当の修行が始まったのは杜氏になってからでした。やっと自分の酒が造れるようになったのは杜氏になって10年目。それまでは毎年違う酒を造っていました」

▲能登町ホームページより http://www.town.noto.lg.jp/www/index.jsp

農口杜氏といえば鹿野酒造の「常きげん」

昭和24 年、16 歳で山中正吉商店(静岡県)に蔵入り。西井酒造(三重県)、大村屋酒造(静岡県)を経て、36 年から菊姫合資会社(白山市)の杜氏。平成10 年から鹿野酒造(加賀市)。全国新酒鑑評会金賞を通算25 回(連続12 回を含む)受賞。吟醸酒と山廃仕込みの第一人者として、18 年に「現代の名工」。19 年に「黄綬褒章」を受章する。

▲能登町ホームページより http://www.town.noto.lg.jp/www/index.jsp

2010年(平成22年)『プロフェッショナル 仕事の流儀』「魂の酒、秘伝の技」(NHK総合テレビジョン)に出演。

他の三人、くん呼び とか 呼び捨てだもんな~。< 以下、また引用。(一部、中略)>
波瀬君はわしと小学校の同級生なんです。そやけどね、わしよりも杜氏になるのが遅かった。
わしが造った吟醸が評判良かった。こんなうまい酒が吟醸でできるんかと、それで農口は波瀬君の同級生やとこういうことを知ったから、そんなら行って習おうということになって、波瀬君は二年続いてきたんです。
彼は山廃はやってないです。教わっていかなかったから。
能登杜氏四天王っていいますが、わしが教えた人たちばっかりです。満寿泉の三盃幸一は、わしより四つも五つも年上やけどね。あすこも吟醸をやってなかった。それを、菊姫に習いに来て、うちへも来てて、それで吟醸やったんです。
天狗舞の中君も、わしが世話してあそこへ入れたんです。中君が天狗舞に行って、吟醸を造るんだというんでわしのところに習いにきて、いまの天狗舞になった。だから、みんな、教えた者ばっかりです。来れば何も隠さずに教えました。<引用終わり>

農口氏は2014年現在、農口酒造の杜氏を務める

「吟醸の満寿泉」を造り上げた三盃幸一 杜氏

満寿泉は、昭和40年代半ばの吟醸酒がまだ一般市場では認められていなかった時代、蔵の存続をかけハイリスクを承知で敢えて吟醸造りの道を歩み始めます。現在は、全生産量の2000石のうち4割が吟醸酒を占め、「吟醸の満寿泉」と称されるようになった桝田酒造店ですが、この蔵を全国の名だたる吟醸蔵として育て上げたのが、現当主「枡田敬次郎氏」と能登杜氏四天王の一人「三盃幸一氏」です。
18歳でこの道に入り、父も祖父も親類も杜氏というエリート杜氏の家系に生まれた三盃杜氏は、父の後を受けて満寿泉の杜氏になってその手腕を大いに発揮した能登杜氏の代表的な存在です。三盃杜氏の醸しだす満寿泉は、麹を締めたしっかりした造りで、吟醸香と旨味が溶けあう安定した綺麗な味わいが生まれます。日本酒ファンならずとも美味しいと思えるその酒は、「吟醸の満寿泉」の名に恥じない吟醸の王道をゆく地酒です。
全国の鑑評会でも早くから実績を残し、金賞受賞の常連蔵として「満寿泉」が北陸の吟醸酒のレベルを引き上げたと言っても過言ではありません。

三盃さんは父も祖父も杜氏という、いわば杜氏のサラブレッド。それだけに、杜氏のつらさもよく知っている。「27歳で初めて杜氏として雇い入れてもらいました。よく若い私を雇ってくれたと今でも感謝しています。」そう話す。 三盃さんが大切にしていることは蔵人との「和」だという。「我々の技術は、時代を超えて滔々と流れるものです。」

三盃杜氏といえば桝田酒造店の「満寿泉(ますいずみ)」

山廃仕込み純米酒の中三郎 杜氏

味のあるキレのいい酒を造るために山廃をやっています。山廃は米のうま味を引き出し、酸が出るのでキレがいいんです。この酸の感じ方は味覚の中でも一番ばらつきます。同じ酒でも酸の感じ方の違いで甘いという人もいれば辛いという人もいます。一番うまいと感じさせるバランスがどこかをつかむのが杜氏の腕です。

▲能登町ホームページより http://www.town.noto.lg.jp/www/index.jsp

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