1. まとめトップ
  2. ニュース・ゴシップ

名門【龍谷大平安】悲願のセンバツ初優勝!原田監督の男泣き…

少年時代に憧れていた名門を監督として率い、春夏70度目で初の選抜大会制覇に導いた原田英彦監督

更新日: 2014年04月03日

syatohanさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
50 お気に入り 53139 view
お気に入り追加

◎優勝して「監督を泣かそう」チーム一丸で決勝へ!

「優勝したら、俺は泣くからな」。原田監督が朝のミーティングで発した一言が、選手の心に火を付けた。「監督を泣かしてやれ、とスイッチが入った」と控え捕手の横山。

◎春のセンバツ<龍谷大平安−履正社>決勝

初回に先頭の徳本健太朗外野手(3年)が三塁打を放ち、続く大谷司外野手(同)の内野安打でホームイン。

八回、1死一、二塁のピンチを迎え、原田監督は元氏から3番手の犬塚に継投

9回表には4番を打つ主将の河合が1死二塁から右翼スタンドに2ラン本塁打を叩きこんで接戦にケリをつけた。

◎平安が履正社下し選抜初優勝!!

夏3度の優勝を誇る龍谷大平安が初めて春のセンバツを制し、1956年夏以来、58年ぶりに甲子園の頂点に立った。

◎原田英彦監督、男泣き…

アルプス席の前で選手たちの手によって3度宙を舞い、観客席と一体になって皆で万歳三唱してから優勝監督インタビューに臨んだ龍谷大平安(京都)の原田英彦監督(53)は、こみ上げてくるものをさすがに抑え切れなかった。

まずは「ありがとうございました!」と感謝の言葉を口にすると、「卒業生、OB、ファンの方々…色々な方に期待していただいて、そこをやつらがやってくれました!」と絶叫。

甲子園のお立ち台に上がった龍谷大平安の原田英彦監督(53)は「夢みたい。外から見ているような感じ」。監督、OBとしての感慨よりも「平安ファンとして本当にうれしい」と喜びをかみしめた。

◎京都球界を常にリードする全国屈指の名門校「平安」

平安高(現・龍谷大平安高)から東洋大を経て、91年秋のドラフトで阪神から4位指名を受けた

「制服を着て歩いているだけで生徒は『平安』と声をかけられる。中にはお小遣いをわたそうとする人もいるぐらい。ダラダラしていると全部見られている」。生徒の礼儀作法については口を酸っぱくして指導する。

◎原田英彦監督は小学生から「平安ファン」

私が平安ファンになったのは、小学生の頃です。家が九条大宮で、東寺の側だったので平安高校までも近かったんです。

京都府出身。小学4年生の時につくったチームのユニホームには、胸に黒のフェルトペンで「HEIAN」と書き込んだ。

当時の平安は、中学から行かないとレギュラーになれないという雰囲気があったんですよ。だから、中学受験を1次も受けて、2次も受けたんですが、全部滑って。仕方なく市立の九条中学へ行きました。

選抜大会で4強入りした1974年には「足しげく甲子園に通っていた」。筋金入りのファンが希望をかなえ、球児として本物に袖を通した。

◎憧れの平安に入学!!

1 2





syatohanさん

このまとめに参加する