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20年前に起こった「ルワンダ虐殺」が恐ろしい。

1994年4月7日に当時の大統領が暗殺されたことを皮切りに、フツ族によるツチ族の虐殺が起こりました。被害者の数は未だに特定されていませんが、3か月で50~110万人にも上るようです。遠い遠い国で起こった信じがたいことですが、20年経った今でもこの虐殺の残した爪痕に苦しんでいる人たちがいます。

更新日: 2014年04月10日

Sato-chanさん

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ルワンダ?

アフリカの中央部、赤道のすぐ南に位置する小さな国。

西にコンゴ民主共和国、北にウガンダ、東にタンザニア、南にブルンジと国境を接する。

標高は1500メートルほどで、国土はスイスの半分ほどの大きさしかない。

小さいですね〜

ルワンダ虐殺とは

1994年にルワンダで発生したジェノサイドである。

ジェノサイドとは、一つの人種・民族・国家・宗教などの構成員に対する抹消行為。

ルワンダのジュベナール・ハビャリマナ大統領とブルンジのシプリアン・ンタリャミラ大統領が乗った飛行機が、何者かによるミサイル攻撃を受けて撃墜し、両国の大統領が死亡した。

このハビャリマナ大統領暗殺がきっかけとなり、翌日からルワンダ軍やフツ民兵グループなどが、少数派のツチを虐殺し始めた。

80%を超えるフツ族が、約15%のツチ族を虐殺し始めました。

大統領を殺されたフツ族が、親近者であるアカズと呼ばれるフツ・パワーの中枢組織が指揮を取ったそうです。

被害にあった方の人数は把握されていませんが、3ヶ月足らずで50~110万人と予測されています。

一日ごとに一万人以上が殺され、それが延々3か月間以上も続いたということ。

フツ族・ツチ族

大多数を占めるフツ族は農耕を主とする部族。

このルワンダという土地は痩せていて遊牧には向いていても農耕には不向きで、そのため、農耕を主流とするフツ族の生活は貧しい限りであった。
フツ族の特徴としては、ずんぐりしていて、鼻が低く、角張った顔だちをしている。

家畜は農産物よりも価値が高い。それゆえ、ツチ族の生活はフツ族よりも若干豊かであった。
また、ツチ族は長身で面長、目が大きく、鼻が高い。

経済的な差が年月を経るにつれて政事的にも反映してゆき、裕福なツチ族はルワンダの内部でも重要な地位を占めるようになってゆく。

多数派のフツ族よりも、少数派で裕福なツチ族がルワンダで重要な地位を占めていったんですね。

身体的要因でも、初めてルワンダを訪れたヨーロッパ人から見れば、ツチ族は高貴で支配者民族、フツ族は非支配者民族に写ってしまったようです。

経済的な要因に加えて、身体的特徴でもツチ族が優位に写ってしまったようです。

ルワンダ虐殺の被害

日頃から、たまりに溜まったフツ族のツチ族に対する憎悪感が、大統領暗殺事件によって弾けたのです。

「犯人はツチ族の奴らだ。奴らは薄汚れた汚らしいゴキブリだ。さあ、ゴキブリを駆除しよう!潰せ!殺せ!ゴキブリどもを皆殺しにしろ!」

暗殺の犯人が特定できていなかったため、ラジオで連日ツチ族を責めたてる報道がされていました。

ラジオの声に煽られるように、たちまち人々は血に飢えた殺人鬼に早変わりし、今まで隣人だった人間に襲いかかりました。

あらかじめ夜の間に、襲うべきツチ族の住む家々には印がつけられていたそうです。

ジャングル内を進む際に、木々の枝をバッサバッサと乱暴に切り落とす時に用いられる緩やかに曲がった大型のナタ。

虐殺が始まると、あるツチ族の家族は市長に保護を求め、子供連れの女や老人が彼の親切なはからいにより、教会に身を隠しました。

ところが深夜、ツチ族を皆殺しにしようとやってきたフツ族により全員がメッタ斬りにされて殺されました。
なんとこの首謀者は、市長だったのです。

多くの者は野原に膝まずき、命ごいや祈りを捧げたがムダだった。

屠殺者は無表情でまるで野草を切り払うかのように、頭と言わず腹と言わず、山刀でメッタ切りにして進んで行った。

フツ族の娘たちは遺体にワーンと群がっていき、ネックレスや時計を略奪し、血で汚れていない衣服や靴があれば残さず剥ぎ取っていった。

楽しそうに駆け回っている少女たちの姿は、宝さがしのように面白いゲームのをしている姿に見受けられたそうです。

こうして、国連が介入し停戦に至るまでの間(およそ100日間に)、暴徒化したフツ族によって約100万人ものツチ族が殺害されました。

隣人が突然殺人鬼になる恐怖。家族が目の前でめった刺しになっているのを目の当たりにする恐怖。
恐ろしいですね。

ラジオでの煽りによって激化した虐殺

ラジオがツチ族への敵愾心を煽る放送を流したことが、多くの一般人まで虐殺に荷担させることにつながったと言われている。

日頃から感じていた、部族間の不平等さをラジオに煽られたことで、爆発させてしまったのでしょうか。

虐殺を激化させた要因は、ラジオで煽られたことだけではなく、その情報を正しく判断できなかった「無知」でもあった。

ある女学校では、民兵の命令に従わず、フツ族とツチ族に分かれるのを頑として拒んだ。彼女らは自分たちは同じルワンダ人だと最後まで言い張ったそうだ。情報を正しく理解し、ツチ族虐殺を阻止しようとした女生徒たちの勇気は素晴らしい。

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