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個性的すぎる黒田官兵衛の「兜」

大河ドラマ「軍師官兵衛」に登場する「黒田官兵衛」といえば、このお椀をひっくり返したような兜。どういう意図で作られたのか気になったので調べてみました。

更新日: 2014年05月01日

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▼正式名称は「銀白檀塗合子形兜(ぎんびゃくだんぬりごうすなりかぶと)」

盃やお碗をひっくり返したような兜。六枚張(はり)の内鉢(うちばち)に上に薄い鉄板で伏せた碗状の外鉢をかぶせて形成された兜です。外鉢は鉄地に銀箔を押し、その上から透漆(すきうるし)をかけています。白檀塗り技法といいます。この技法により、独特の艶(つや)のある赤褐色を呈します。よって、正式名称としては、「銀白檀塗合子形兜(ぎんびゃくだんぬりごうすなりかぶと)」といいます。

▼お椀をモチーフにしてる?由来は?

黒田官兵衛の妻・光姫(幸圓)の父である志方城主・櫛橋伊定から婚約の祝いに贈られた銀白壇塗合子形兜をもとに制作したもの。

黒田官兵衛といえば、あのお椀をひっくり返した兜ですが、この"合子形兜(ごうすなりかぶと)"は、官兵衛の正室・光の実家の櫛橋家から婚礼の際に贈られたものです。"合子"とは身と蓋が一対で成立する容器のことで、夫婦の間柄を表したものではないでしょうか。

黒田官兵衛の形兜は合子形兜(ごうすなりかぶと)とも言われ、お椀を反対にしたような形をしている。合子とは、蓋付きの椀のこと。合子の姿を兜に写し取っており、破綻がない。「合」には、あつまる・あわせる・むすぶ・つれそうなど人々の願いとなる意味がある。朱一色で極力装飾を省いたシンプルさが見事である。

他にも色々な諸説があるみたいですね。

▼いつ、かぶってたの?

官兵衛が戦場で常に用いたといわれ、「如水の赤合子」として恐れられました。

もっとも官兵衛がこの兜を使ったのは、
関ヶ原の戦いのおり、彼が九州を制圧した時のみだったと伝えられています。

戦場で具足を用いなかったという逸話があるくらいですから、
もしかしますと、銀白檀塗合子形兜は一度も使われたことがないのかもしれませんね。

こちらも調べたところ色々と諸説があるようです。

▼どう伝わってきたの?

同館によると、かぶとは、黒田官兵衛が家臣の栗山利安に与えた。1632(寛永9)年に起きた福岡藩の黒田家のお家騒動で、利安の子利章が盛岡藩に「お預け」となり、その際に持ち込まれたという。

くろだそうどう【黒田騒動】

近世初期の福岡藩黒田氏の御家騒動。1623年(元和9)藩主となった忠之は孝高(よしたか)(如水),長政の代からの譜代の功臣を退けて倉八十太夫らの側近を重用,そのうえ,軍船鳳凰丸の建造,足軽隊の増強など幕令をはばからぬ行為が多かった。家老栗山大膳(譜代功臣利安の嫡子)はしばしば忠之をいさめたが,忠之はかえって大膳を亡きものにせんとしたので,32年(寛永9)大膳は豊後府内藩主竹中采女正とともに江戸にのぼり,忠之に謀反の心あるの旨を幕府に訴え出た。

▼実際に官兵衛が使っていた兜は展示されてるの?

実際にみてみたいなぁ。

ゆるキャラもいた

真っ赤なお茶碗をひっくり返したような、愛らしいキャラクターが!その名は、「あ!官兵衛」。舌を出した姿がかわいらしい、中津生まれの「ゆるキャラ」です。

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