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タイタニック号とはなんだったのか【1912年4月15日沈没】

今年で102年目を迎えたタイタニック号の沈没事故についてまとめました。

更新日: 2014年04月15日

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この記事は私がまとめました

cokeloveさん

■そもそもタイタニック号とは?

・ドル箱航路のために生み出された大型客船

1900年代初頭、ヨーロッパから、多くの移民がチャンスを求め、アメリカへと押し寄せていた時代、北大西洋航路にはいくつもの大型客船が行き交い、船会社は競って、豪華でかつ速い大型客船を建造していた。その最中、イギリスの大手船舶会社が世界一の客船として作ったのが、「タイタニック号」。

出典i0.wp.com

乗客1324人、乗務員899人の超大型客船。

タイタニック号は全長269m。エアバスA380は全長73mなので、圧倒的に大きいです。

ちなみに、比較画像のクイーン・メリー2号(2003年~)は全長345mで、現在世界最大のオアシス・オブ・ザ・シーズ号(2009年~)は361m。

・最新技術で安全性に配慮し、「不沈船」と喧伝されていた

イギリスの権威ある技術誌が本船を評価して「事実上の不沈船」という一文がマスコミにより「不沈船」として広められた

『神でも沈めることができない不沈船』の売り文句を信じ、誰一人その後の悲劇など思いもしなかった。

■タイタニック号沈没の衝撃

当時世界最大の豪華客船だったわけですが、タイタニック号が有名になるのは沈没後だったようです。

・概要

1912年4月10日、タイタニック号は英国、サウサンプトンよりアメリカ合衆国、ニューヨークへ向けに処女航海に出た。航海4日目の14日午後11時40分、ニューファウンドランド、セント・ジョンズ沖で氷山に接触、午前2時20分に沈没。この事故における死者は1500人を超えるといわれ、海難事故としては世界で最悪のものとなった。

・沈没の原因は…

氷山の存在が2度に渡り警告されていたにも関わらず、減速もしなかった。氷山を発見した際に減速して舵を切ったが、船腹が衝突し、また低温のために船体の金属特性がもろくなっていたので船体が2つに割れて沈没した。救命ボートも不足しており、救助の知らせを発するのが遅れたため、多くの死者が出た。

・その後の航海の安全性向上に繋がった

タイタニック号の惨事をきっかけとして、船舶の航行安全に関する国際会議が開かれ、「海上人命安全条約(SOLAS条約)」が採択された。現在のSOLAS条約においては、 沈没・火災の防止や事故発生時の確実な救命を図るよう船舶の構造面、消防、救命、 通信などの設備面、乗組員の訓練面などについて細かい規定が整備された。

1914年の締結時には、氷山の監視や、無線の確保、救命艇の定員以上の常備などが定められたようです。現在も改定が続き、テロ対策なども盛り込まれています。

■生還した日本人

あまりに壮絶な事故であったため、生還した人も「他人を押しのけてまで生き残った」と非難を受けたそうです。

細野さんの祖父、正文さんは帰国後、他人を押しのけて救命ボートに乗ったなどと批判されたが、その後の調査で事実誤認と分かり、死後に名誉回復された

衝突から救助されるまでの出来事がタイタニックの便箋に書かれている。

現在、横浜みなと博物館に展示されているそうです。

・「日本人の恥になるまじき」 手記の抜粋

命も今日で終わることを覚悟して、慌てず、日本人の恥になるまじきと心掛けつつ、機会を待っていた。

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