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【アメリカ ギャング雑学】ハンドサイン / 東西抗争など

ハンドサインの雑学だけではなく、俗に言うHIPHOP界の東西抗争についてもまとめています。

更新日: 2017年04月26日

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hisaaa1さん

Bloodz

Crips

Latin kings

▼アメリカのストリートギャング

アメリカでは1980年代からストリートギャングによる凶悪犯罪、麻薬売買が大きな社会問題になった。

構成員3万人からなる全米最大のクリップス(Crips)は青、構成員9,000人からなるブラッズ(Bloods)は赤、全米に構成員2万人からなるラテンキングス(Latin Kings)は黄といったように一部のストリートギャングはシンボルカラーを身につけている。
(正確な人数は不明)


ラテンキングスは、かつてマクドナルドで自動小銃を乱射し店長を殺害した。理由は入店禁止処分にされたメンバーの逆恨み。

*その他にも数多くのギャングが存在する(移民系を含む)

▼ハンドサイン

彼らはハンドサインと呼ばれる、ある特定の型を持ったサインを使う事がある。それは『パワー』や『FUCK YOU』など、その時の気持ちであったり、自分の所属するセットのサインであったりと様々だ。

例えば敵対するセットのメンバーに対して自分のセットのハンドサインを示したなら、それは『威嚇』や『挑発』を意味し、逆に自分と同じセットのメンバーにハンドサインをした際は同じサインをされ『尊敬』や『同調』を意味する。

更に刑務所等で自由に囚人同士で会話が出来ない際にハンドサインが使われるという話もある。近年は写真を撮る際にあくまで[ファッション]としても使われている。

▼ヒップホップ史上、かなり論議されていたのがコチラ

"2PAC"のアルバム『all eyez on me』のカヴァーでは『WESTSIDE(?)』のハンドサインをしている。

2パックの「W」Wはウェストサイドだが、デスロウのロゴをかざしながらの、この目線で「W」は「WAR」。
つまり、「デスロウは全面戦争だ」という「東」へのメッセージではないのかと言われている。

2パック(2Pac 本名:トゥパック・アマ ル・シャクール(Tupac Amaru Shakur) 1971年 - 1996年)は、ア メリカ合衆国ヒップホップMC 、俳優である。ニューヨーク市マンハッタン区 ハーレ ム地区出身、アフリカン・アメリカン 。 「トゥパック・アマル」は、古代インカ語 で「輝ける龍」の意味。身長180cm 。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も 偉大な100組のアーティスト」において第 86位。

母の名はアフェニ・シャクール、彼女はブラックパンサー党のメンバーであった。父親もブラックパンサー党のメンバーだったと言われる。

▼ブラックパンサー党とは?

1960年代後半から1970年代にかけてアメリカで黒人民族主義運動や黒人解放闘争を展開していた政治組織。毛沢東思想などの共産主義の影響を受けた急進的な組織として有名。

▼1991年、「MCニューヨーク」というMCネームでデジタル・アンダーグラウンドから「Same Song」でレコード・デビュー

その後「2パカリプス・ナウ」で2パックとしてソロ・デビュー

1992年には近代ブラックムービー「ジュース」に出演、俳優としても成功

2パックのドキュメンタリー映画『トゥパック:レザレクション』

2005年アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画としてノミネートされた。

初期の音源は彼の母親であるアフェニ・シャクールが管理していたが、現在は大半の権利をエミネムに売り渡したため、昨今のアルバムはエミネムがエグゼクティブ・プロデューサーを勤めている。また、デス・ロウ時代の音源はシュグ・ナイトがマーダー・インク(Murder Inc、現The Inc)やナズ(Nas)等の他レーベルに売り渡している。

警官を狙撃したり、女性蔑視の歌詞などにより名誉毀損で告訴される。また、5発(頭部に2発、股間に2発、手に1発)もの銃弾を被弾する事件に巻き込まれる。このとき事件現場にディディとノトーリアス・B.I.G.がいたことから、この事件はバッド・ボーイの陰謀だと疑い、ヒップホップ界は西海岸と東海岸とで激しく対立する。

▼2PAC 銃撃事件 1994年11月30日

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