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昔の人の名前で源と書いて「みなもとの」と読むのはなぜ?

歴史上の人物の名字によくある「平(たいらの)」や「藤原(ふじわらの)」など「の」がつく名字の疑問についてまとめました。

更新日: 2014年04月16日

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この記事は私がまとめました

平清盛や源頼朝はなんで「の」がつくの?

平清盛「たいら〈の〉きよもり」源頼朝「みなもと〈の〉よりとも」藤原道長「ふじわら〈の〉みちなが」のってなに、のって。織田信長「おだ〈の〉ぶなが」

海外では「Taira no Kiyomori」や「Minanoto no Yoritomo」と表記します。現代の「平(たいら)」さんや「源(みなもと)」さんは「の」がつきません。なぜ昔の人の名字は「の」がつくのでしょうか?

実は「の」がつく名字は「氏(うじ)」という公式の名字だった

簡単に言ってしまうと源や平、藤原のように「の」が付くものは天皇から与えられた「氏(うじ)」といわれる公式なもの

皇族が臣籍降下(一般人になること)するときに与えられた公式の名字です。つまり、源頼朝なら「天皇から授かった源の血筋を引く頼朝です」という意味。

もともとは、共通の祖先をもつ血縁関係にある人たちの集団を「氏」と呼んでいた

「の」がつく有名な氏として「源・平・藤(藤原)・橘」があります。他にも菅原氏や蘇我氏、大江氏、紀氏、小野氏、安倍氏、秦氏など様々な氏があります。

「の」が付かないものは自分が支配していた領地や地名などからとった日常的に使う「苗字」です

現在私たちが使う名字(苗字)は天皇から賜った「氏」ではありません。なので「の」はつかない。

「サザエさん」の磯野家の先祖「磯野藻屑源素太皆」を見てみると分かりやすい。ご存知「磯野」は名字で「の」がつく「源」は氏です。

ウジの後には、(古代は)格助詞「の」を入れて読む。こののは、帰属を表す。例えば「蘇我馬子(そがのうまこ)」ならば、蘇我氏「の(に属する)」馬子、源頼朝(みなもとのよりとも)ならば、源氏「の」頼朝という意味となる

公文書には「氏+姓+名前」を表記することになっていました。姓(かばね)とは官職のランクのことで、源頼朝だったら、姓は朝臣(あそみ・あそん)です。正式には「源朝臣頼朝」となります。

レオナルド・ダ・ヴィンチのダ・ヴィンチはヴィンチ村「の」という意味の名字です。血縁関係、集団、地名に帰属することを表す「の」が名字になることがあります。

だれもかれも「源」や「平」になってしまった。まぎらわしいので「名字」を名乗る人が多くなった

一方で「氏」の方も源、平、藤原、橘ばかりになってしまった

律令制の解体とともに氏の名は次第に少なくなっていきます。また、皇族が臣下に下る場合は「源」を賜姓するのが慣例となりました。

平安末期ごろでは同じ姓の人間が増えすぎて紛らわしくなってきてしまいます

庶民の中でも、この「源平藤橘」の4氏が高貴とみなされ、家系図をねつ造してこの氏を名乗る者が出るほどの人気となりました。同じクラスの半分が「鈴木」さんで半分が「佐藤」さんだったら、呼び分けに困りますよね?

紛らわしいから家名として「名字」を名乗る者が出てくるようになった。やがて個人の名前は「名字+名前」という形になる

武士の力が強くなり、天皇との主従関係が薄れてきたことも影響します。武家政権の始まった鎌倉時代以降の武士たちは住所や名田にちなんで名字を作って名乗りました。

名字が行き渡るにつれて、それまで使われいた氏や姓は姿を消していきます

明治になりだれもが必ず名字を名乗ることを義務付けられたので、それまで「氏」を名乗っていた人も「の」が付かない名字を名乗るようになりました。

現在でも「藤」がつく名字は「藤原氏」に由来する(地名からとったもの、勝手に末裔を名乗ったなどのケースも多い)と言われています。氏の一部を変えて名字にするケースの他、「ドラえもん」のしずかちゃんの名字の「源」のようにそのまま名字として使われているケースもあります。

明治までは公文書では、名字ではなく氏を書く習慣があった

とはいえ名字の出現は、古代から引き継がれた氏という氏族名称に取って代わったわけではない

面白いのは、朝廷から官位などを与えられる時に書かれる文章である「位記」にはいつまでも氏名が使われているということです

左から5人目の「平信長」は織田信長のことです。「藤」とは「藤原」のことです。「藤原」が多すぎて「同」と書かれています。

明治政府も最初の何年かはこの方針を維持していたので、 当時の文書は有名な人がとんでもない姓氏で署名していて、 誰のことだか考えないとわからない状況になっているそうです

誰だかわからない!!歴史上の人物の「氏」

織田信長は右大臣「平信長」。平家やったんかい、とツッコミをいれたくなります(笑)

織田家は代々「藤原氏」を名乗っていたので、それに習い「藤原信長(ふじわらののぶなが)」と署名している文書もあるそうです。

はじめ木下氏を名字とし、羽柴氏に改める。本姓としては、はじめ平氏を自称するが、近衛家の猶子となり藤原氏に改姓した後、豊臣氏に改めた

名字も氏も改名しまくりです。ちなみに「豊臣」も朝廷から賜った「氏」なので、本来は「とよとみのひでよし」とするのが正しいのですが、なぜか「の」をつけない呼び方が一般化してしまったそうです。

徳川家康も源氏の流れを汲んでいることになっていますから、本当は「源朝臣(みなもとのあそん)徳川家康」です

もし名字がなかったら、歴史上の人物の誰もが「みなもとの~」「ふじわらの~」ばっかりで人物を覚えるのに苦労したはずです。ありがたいですね。名字。

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