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この記事は私がまとめました

Truvativ1さん

どこから登るの?

エベレスト・ベースキャンプが出発地点です。
ネパール側ベースキャンプは北緯28度0分28秒 東経86度51分34秒、標高5364m。
https://maps.google.com/maps?ll=28.007222,86.859444&q=loc:28.007222,86.859444&hl=en&t=m&z=15

チベット側ベースキャンプは北緯28度8分29秒 東経86度51分5秒、標高5150m。
https://maps.google.com/maps?ll=28.141389,86.851389&q=loc:28.141389,86.851389&hl=en&t=m&z=15

どこを登るの?

通常、公募隊はもっとも危険性・難易度が低く、登頂成功率が高い「ノーマルルート」と呼ばれるルートを登ります。
ネパール側のノーマルルートは1953年にエドモンド・ヒラリーが初登頂に成功したルートで、クーンブ氷河を遡って「ウェスタン・クウム」と呼ばれる谷あいを進み、「ローツェ・フェイス」と呼ばれる急斜面を登って、「ジェネバスパー」(ジュネーブのシュプール)という岩場を右に巻いて「サウス・コル」というローツェとの間に位置する鞍部に出てから「南東稜」を進んでいきます。 このため「南東稜ルート」(昔は東南稜と呼んでいました)とも呼ばれます。

チベット側のノーマルルートは戦前イギリス隊が何度も挑戦したものの登頂を果たせず、1960年に史占春率いる中国隊が初めて登頂に成功したルートです。 東ロンブク氷河を遡上してシャンツェ北峰との間に位置する「ノースコル」と呼ばれる鞍部を経由して北稜を進み、北東稜に合流して頂上を目指すルートです。「北稜~北東稜ルート」または単に「北稜ルート」とも呼ばれます。マロリーが行方不明になったのはこちらです。

これ以外にも「バリエーションルート」と呼ばれるルートがありますが、岩が脆く登攀が困難、テントを張る事も困難な急斜面の岩壁が続く、落石や雪崩の危険が高い、強風に長時間さらされるなどののリスクが高いため、技術・体力・戦略に秀でた優秀な登山家のみが攻略可能なもので、シェルパやガイドに戦略を任せている商業公募隊の登山客ではあまり縁のない話と言えるでしょう。

そのようなルートでも季節・コンディションを丹念に研究した上で攻略し、シェルパのサポートも受けずたった2日で山頂を往復と言う記録を打ち立てた登山家もいます。

盟友ジャン・トロワイエと共に不眠不休の猛スピードで登攀、斜面の緩い場所は滑りながら下りてきたため頂上往復に要した時間はなんと48時間。
酸素どころかロープも使用せず、途中でほとんどの荷物を投棄してしまったため最強登山家・クルティカをして「無酸素」ならぬ『Naked Climing(全裸登山)だ』とまで言わしめました。

そもそも、ベースキャンプって何よ?

登山の基地となる場所です。 登山活動は2か月近く行われますが、最寄りの村からも離れすぎているので体力回復のためにいちいち降りるわけにはいきません。 必要な食糧・燃料などの物資をここまで運び、数か月間生活できるようにします。 
エベレストに限らずベースキャンプは
「物資を集積、大人数が生活できる平坦地の広さがあること」
「特に登山の訓練をしていないポーター(荷役労働者)や駄獣(ヤク、ゾッキョ)、自動車でもやってこれる、もしくはヘリやセスナが着陸できる場所」
「水が確保できる場所」
「体力が回復できる標高」
「雪崩や落石の直撃のリスクが少ない場所」 などの条件が付きます。 
体力を回復させるための場所なので、お金のある隊はここをできるだけ快適に過ごせるように工夫します。

C1とかC2って何?

麓から一日で一気に登頂できるわけではないので中間地点にいくつも前進キャンプを設営しますが、それを下からキャンプ1(C1)、キャンプ2(C2)と呼びます。
いくつかテントを張れるなだらかな斜面や岩棚であること、雪崩や落石の通り道を外れていることに加え、急性高度障害を防ぐため一日あたりの高度差を700m前後に抑えてキャンプを設営します。
ネパール側の場合C1から順に5900~6050m、6300~6400m、7000~7500m、7900~8000mとなります。 ヒラリーの時代は今よりも細かく刻みC9(8500m)、植村直己が日本人初登頂を果たした際にはC6まで設営されていましたが、現在は通常サウス・コル上のC4を最終キャンプとして頂上を目指します。

C3は氷の斜面に立体的にテント場を設営しなければならないため最上部と最下部でかなりの標高差になります。

チベット側の場合BCからの距離が長いため、6400m付近に「アドバンスドベースキャンプ(ABC)」という中間の大規模基地を設けます。BCまでは車両でのアプローチが可能で、危険なアイスフォール帯がなくABCまではヤクやゾッキョでの荷揚げもできるため、登山はABCからが本番と言われます。 ただし最終キャンプはC6(ABCを基点にするとC4)8250mとなり、8000mを越える標高での滞在が長くなるのが特徴です。

この画像ではABCを起点としてそこから先をC1としてキャンプ地を数えています

何度も登ったり下りたりしてるけど何でよ?

高度順応(高度馴化)のためです。
標高を上げると酸素が薄いため頭痛・吐き気・不眠などの体調不良があらわれ、無理して高度を上げ続けると肺水腫や脳浮腫、血栓といった症状により最悪死に至ります。 
これを防ぐため少しづつ登って体を慣らしますが、最初に新しい標高に踏み入れるとまず苦しくて眠れず、一晩過ごすだけで非常な負担になり体力も回復できません。 赤血球を増やそうとするため内蔵にも負担がかかっています。  そのため一旦降りて体力を回復させてから再び上を目指します。 いったん降りると言ってもベースキャンプは標高は5000mを越えているため回復には時間がかかり、数日休養の必要があります。

エベレストじゃない他の山に登ってるのは?

それも高度順応のためです。
エベレストのネパール側BCから6000mより上のキャンプ地まではアイスフォール帯といって崩落の危険が大きいので素早く通過しなければいけないのですが、体が出来上がっていない状態だと動きが鈍って無理がききません。 そのため順応作業でここを往復する回数を減らすため、順応の最初のほうはより危険の小さい6000m峰に登って行います。

よく登られるのはロブチェピーク東峰(6119m)、イムジャ・ツェ(別名アイランドピーク、6189m)、メラピーク( 6476m)などがあります。
2012年に無酸素登頂したウーリー・ステックはエベレストの前にロブチェピークの山頂で4日間過ごし、その後アマ・ダブラム(6856 m)にも登るという念の入れようでした。

石川直樹氏がローツェの前に順応に登ったロブチェピーク山頂での写真。 左端はエベレストの準備のため山頂に泊まるウーリー。

慣れるなら、ずっと高いところで休んで慣らせばいいんじゃね?

駄目です。
人間の体が順応できるのは6500m位までと言われており、ここより高いところだと眠っていてもじわじわ体力が落ちていきます(食べたものを消化吸収し体に再固定できないうえ、脂肪の燃焼より先に蛋白質の燃焼が進んでしまうので筋肉がどんどん落ちていきます)。
そのため高度順応の仕上げとしては通常C3(7100m)で一泊するのを最後にして、それ以上の標高で何日も停滞するのは避けるのが普通です(8000mにタッチしてすぐ戻る、というタクティクスもあるようです)。 

なお、6500mまで順応できるといっても、「眠っていれば体力の消耗を避けられる」程度の話であり、ここに滞在するのはあまり体によくありません。 C2に常駐して食事を作るキッチン・シェルパもいますが、彼らをもってしてもかなりキツイ仕事のようです。

このため、悪天候のためいったん撤退という場合、再チャンスがあるにしても上部キャンプで待機せず、BCまで下りてきてしまうわけです。

今は簡単なんでしょ?

「事前にルート工作がされている」「重い荷物の荷揚げをしなくていい」「装備が進歩した」という観点からすれば「昔の登山家が挑んだ時より登攀の難易度は低くなった」とは言えるでしょう。
ですが、「人里離れた、緑もない雪と氷と岩だけの荒れ地で2か月過ごす」「退屈な順応作業を何度も繰り返す」「気温も酸素濃度も低いところで登山活動を行う」のが過酷なのは変わりありません。このため事故に遭わなくても精神的に追い詰められ降りてしまう人もいます。

 酸素ボンベを使うとしても無尽蔵にあるわけではないので、それが必要な場所で酸素が切れてしまったらそれはそのまま命に係わります。 ルートができているとは言っても未熟な人間が突っ込めば余計に時間がかかり、酸素が切れて進退窮まってそのまま衰弱死、なんてこともあるわけです。

「ルートを作る」って具体的にどうするの?

「登山」と言っても普通に立って歩けるところばかりではありません。足を滑らせたらそのまま真っ逆さま・・・なんていう雪と氷の斜面や垂直に近い岩場もあるので、そういうところを安全に通りやすくします。
こういう氷の斜面をピッケルで削って足場を作ったり(「ステップを切る」と言います)、ハーケン(金属製の楔)を打ちこんだり、氷の壁には「アイススクリュー」「アイスピトン」、雪の斜面には「スノーバー」「スノーアンカー」といった道具を使ってロープを固定します。 
現在登山者が非常に増えたため、登り専用のルートと下り専用のルートが作られます。

ネパール側の場合、クーンブ氷河がズタズタに裂けた「アイスフォール帯」というところを通る必要があるのですが、とても跨げないような幅のクレバス(氷の裂け目)が縦横に走っているので、ここにハシゴをかけることが重要な作業になっています。かつては各々の登山隊が作業していましたが、現在はSPCC(サガルマータ地域環境保護委員会)という環境NGOのアイスフォールドクターという架橋専門部隊がこの作業を担っており、通行料を支払ってここを通過します。

これは氷壁に穴をあけてロープを通す「アバラコフ」(V字スレッド)という方法。
アイススクリューは日射により熱を持って解凍しすっぽ抜けるリスクがあるのですが、この方法だとそのリスクが低減します。

氷河は動いているうえ、気温の上昇などで氷が融けて崩落するたびに架橋し直す必要があります。

去年もルート工作したんでしょ?なんで毎年やんなきゃいけないの?

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