1. まとめトップ
  2. 雑学

歴史を変えた日本の偉人たちの給料っていくら?

日本の偉人たちのお金に関する事をまとめてみました。坂本龍馬の給料は?織田信長の給料は?豊臣秀吉の遺産は?徳川家康はケチだった?

更新日: 2014年05月11日

yuk999jpさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
83 お気に入り 102956 view
お気に入り追加

歴史を変えた日本の偉人ランキング

薩長同盟の斡旋や大政奉還成立への尽力など、明治維新の立役者として活躍した彼の革新的な行動力、先見の明、さらにそのカリスマ性が“日本の歴史を変えた偉人”として尊敬されている。

坂本龍馬はお金の使い方の天才である。

龍馬は亀山社中(のちの海援隊)という貿易会社を結成し、倒幕側にトーマス・ブレーク・グラバーが設立したグラバー商会を通じて武器の輸入をおこなったり、犬猿の仲であった薩摩藩と長州藩を経済面での連携により和解に導き、薩長同盟を締結させたことで明治維新に大きな影響を与えた

海援隊のメンバーには土佐商会を通じて、毎月5両の給料が土佐藩より支払われました。5両は現在の35-40万円に相当します。

京都府の比叡山・延暦寺を焼き払うなど、目的のためには手段を選ばない“冷血漢”な一面と、その一方で桶狭間の戦いでは信長自らが先頭に立って奮戦したという逸話もあり、戦いに生きる“熱血漢”

信長は緻密に大胆に、お金の流れと人の心のポイントをおさえて、あの時期の戦国武将としてほとんど唯一「経済的自由」を手にしていきます。

信長が京に上ったときの直接支配地が尾張(名古屋市周辺)と美濃(岐阜県)であるとすると石高約110万国です。そのうち税収50%として、さらに家臣に3分の2を配分しているとすると、信長自身の収入は20万石弱

1石を現在のお金に換算すると7万円くらいなので、、、
 【7万円×20万石=140億円】

となります。

戦国時代を生き抜き、天下を統一して 265 年間もの長きに渡った「徳川幕府」を創設、「江戸時代」を築いた戦国大名

徳川家康という人はかなりの吝嗇(りんしょく)つまり「ケチ」なのです

家康はこの石高から家臣たちに領地を与えるので、それを差し引いた実際の彼の取り分はおよそ100万石

1石を現在のお金に換算すると7万円くらいなので、、、

 【7万円×100万石=700億円】

となります。

家康が1616年に駿府城で75歳で亡くなった時、城内の御金蔵に蓄えられていたのがおよそ200万両であった

1両を現在のお金に換算すると10万円くらいなので、、、

 【10万円×200万両=2,000億円】

となります。

農民から朝廷の最高位の関白にまでなった。
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・天下人・関白・太閤。三英傑の一人。

秀吉は生来の豪快さゆえか功績の大きい者には惜し気無く領地を与え、例えば誰かを招いても、手ぶらで帰す事はせず、贅を凝らした宴を催し、豪華な食事でもてなした上、有り余る金銀や高価な茶器などを土産に持たせた

秀吉が初めて信長に仕えた時(18歳)の給料(年収)は十五貫文(120~150万円)、9年後、百人足軽組頭に出世した時(27歳)が五十貫文(400~500万円)、犬山城落城を成し遂げた時(29歳)が一気に増えて六百貫文(4000万円~5000万円)

彼が天下を統一した後、関白職を甥の秀次に譲って太閤となった最盛期の石高がおよそ222万石

1石を現在のお金に換算すると7万円くらいなので、、、

 【7万×222万=1,554億】

となります。

秀吉が晩年を過ごした伏見城にも100万両以上の金銀が蓄えられていた

1両を現在のお金に換算すると10万円くらいなので、、、

 【10万円×100万両=1,000億円】

となります。

聖徳太子は大王(天皇)中心の政治をめざし,遣隋使派遣,冠位十二階や十七条憲法を制定。また,四天王寺・法隆寺などを建立

その他、幕末の偉人たちは?

幕末の下級侍の年収は約100万円

江戸時代末期(幕末)に、京都において反幕府勢力を取り締まる警察活動に従事したのち、旧幕府軍の一員として戊辰戦争を戦った武装組織

新選組局長・近藤勇の年収は、約600万円
副長・土方歳三の年収は、約480万円
沖田総司、斎藤一の年収は、約360万円
平の隊士の年収は、約120万円

戦闘で手柄を挙げるたびにボーナスが出たようで、幕府の要人を殺害しようと計画した浪士たちを一網打尽にした池田屋事件では、会津藩から新撰組に対して約500万円のボーナスが、幕府からは1人約10万円のボーナスが出たとそうです。

出典ameblo.jp

岩倉使節団というのは、幕末に幕府が外国と結んだ不平等条約を改正しようと求めたり、海外の最新文化を学ぶために作られた使節団

岩倉具視(いわくら ともみ)
昔の500円札の肖像にもなった人物で、現在でいう副総理のような存在である右大臣という役職についていた。
その年収は・・・

約1億2000万円

大久保利通(おおくぼ としみち)

当時、明治政府のトップだった人物で参議という、現在でいう大臣レベルの役職についていた。
年収のほうは・・・

約1億4400万円

伊藤博文(いとう ひろぶみ)

初代総理大臣であり、昔の1000円札の肖像にもなった人物。
総理大臣在任時の年収は・・・

約1億9600万円

当時の国会議員の年収が1600万円くらいなので、その約10倍はもらっていたという事になります。
ちなみに、現在の安倍首相の年収は約4000万円。伊藤博文の約5分の1のですね。

1 2

関連まとめ





yuk999jpさん

アイコンは、銀魂の「エリザベス」です

このまとめに参加する