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《大学入学共通テスト倫理》のためのルネ・デカルト

センター試験の倫理科目のために哲学者を一人ずつ簡単にまとめています。ルネ・デカルト(1596~1650)。キーワード:「方法的懐疑」「私は考える、ゆえに私はある(コギト・エルゴ・スム)」「近代的自我」「心身二元論(物心二元論)」「合理論」主著『方法序説』『省察』

更新日: 2020年04月04日

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ochabiさん

ダンディーなたたずまいです。

近代哲学の祖と言われるデカルトは、こんなイメージの哲学者です!

デカルトは、学園を離れるとともに書斎で読まれるような「書物」を捨てた。そして、猶予のない決断を迫る「世間という大きな書物」の中に飛び込んでいくことを決意する。(略)1619年10月、精神力のすべてをかけてこれから自分自身の生きる道を見つけようとウルム市近郊の村の炉部屋にこもる。

出典フリー百科事典「ウィキペディア」、ルネ・デカルトのページから引用

この伝記的記述でも感じられるような、書物という情報を超えた、どんな国を遍歴しても変わらない、「自分」というものを見つめることがデカルト哲学の中心イメージです。

デカルトは内省からコギトという近代的自我を発見しました!

肉体を含む全ての外的事物が懐疑にかけられ、純化された精神だけが残り、デカルトは、「私がこのように“全ては偽である”と考えている間、その私自身はなにものかでなければならない」、これだけは真であるといえる絶対確実なことを発見する。これが「私は考える、ゆえに私はある」(略)である。

出典フリー百科事典「ウィキペディア」、デカルトのページから引用

「方法的懐疑」で全てを疑うなか、懐疑する精神自体の真実性を発見する。この誰でも追試できる命題によって、「私」という自我が他全てよりも重要と感じさせる効果を生み出しました。これがデカルトが近代的自我の発見者といわれる理由です。この証明はラテン語で「コギト・エルゴ・スム」と呼ばれます。

しかし、デカルトはコギトを自我のために用いたわけでない!

私がこれに注意することの深ければ深いだけ、いよいよ、単に私自身から出てきたものであり得るとは思われないのである。それ故に、前述のことから、神は必然的に存在する、と結論しなければならない。

出典デカルト著『省察』(岩波文庫、三木清訳)から引用

つまり、神の存在証明のためにコギトを使っています。精神としての「私」をつかむと同時に、その「私」の臨界を超えたナニカを「神」と名指しています(引用は旧かなづかいと旧字体を変えました、ご容赦です)。ともかく、ヨーロッパでは中世の神学から神の存在証明が哲学の大きな動力だとわかります。

また、デカルトは「心と身体」という問題意識を生み出しました

心身問題(しんしんもんだい)とは哲学の伝統的な問題の一つで、人間の心と体の関係についての考察である。この問題はプラトンの「霊―肉二元論」にその起源を求めることも可能ではあるが、デカルトの『情念論』(1649年)にて、いわゆる心身二元論を提示したことが心身問題にとって大きなモメントとなった。

出典フリー百科事典「ウィキペディア」、心身問題のページから引用

哲学は心とは何かだけでなく、心と身体の連絡も同時に解こうと努めています。「所与(あらかじめ与えられたもの)」を受けいれる観点では、それを問題にする視点は生まれません。精神を厳しく規定したデカルトだから開くことのできた問いと言えます(解決したわけではない)。ところで現代では、心を科学的現象とみる態度が主流です。ただその場合、心が身体と外界を超出して「意識できる」感覚を否定することになります。だから、普段私たちはいくらかデカルト式に「意識」の絶対性を信じているのだと思います。

また、デカルトは合理論(大陸合理論)の開祖でもあります!

理性の能力を用いた内省・反省を通じて原理を捉え、そこからあらゆる法則を演繹しようとする演繹法が真理の探求の方法とされた。

出典フリー百科事典「ウィキペディア」、合理主義哲学のページから引用

「合理論」は理性のみを武器にして世界や諸現象を解明しようというスタンスです。イギリス経験論と対比するかたちで、大陸合理論とも呼ばれます。私たちにとってはイギリスとフランスもどちらもヨーロッパですが、ここではかなり大きな違いがあるとされています。「演繹法(単純な原理から複雑な事象を推理する、理性中心の方法)」。

学科の星屋です。センター倫理の小ネタ。大正時代の学生歌として有名な「デカンショ節」。曲名の「デカンショ」というかけ声は「デカルト、カント、ショーペンハウアー」の略という説が有力です。少なくとも、彼ら哲学者の名前は大正の昔からメジャーだった。

ところで、「学生歌(がくせいか、学生たちが集まったとき歌うことを好んだ歌)」という流行歌のありよう自体がポップス産業が発達したこの時代には想像しにくいですね。で、そのどちらの時代にもデカルトは存在感をかもしています。

学科の星屋です。センター倫理の小ネタ。近世哲学の祖と言われるデカルト。彼は晩年まで若きボヘミア国王女と文通していた。そのエリザベト王女はこんな人。 pic.twitter.com/NpFnT7F1ky

この時期のボヘミアが国という規模かは別として、エリザベトは思索を好んだ論理キャラの女性です。デカルトの弟子という言い方をされることもあり、『省察』の中の「精神と身体」の関連の不明確さをずばりと指摘したのも彼女です。それを受けてデカルトは『情念論』を書きました。

学科の星屋です。センター倫理の小ネタ。地図やグラフでおなじみの、x軸y軸で作られる平面座標。この概念を確立したのは『方法序説』のデカルト。そのためこの直交座標系はデカルト座標系ともいう。この時期、数学を研究した哲学者は多い。

デカルトは「座標」や「軸」を作ったわけではないですが、「思惟する実体」を据えて、他全てを空間的な「延長する実体」に還元する単純化は、この概念を確立したと言っていいレベルだと思います。図化やマッピングはそれを「眺める主体」が超越して成立する。こんな意味で、一つの超越と他を延長するデカルト的アングルは偉大だと思います。

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