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あれから30年…偉大な冒険家「植村直己」が残した未来への言葉

世界に歴史を刻んだ偉大な冒険家、植村直己さんが没後30年を迎えます。今も人々に勇気を与え続けている彼の名言や最後に残したメッセージ、マッキンリーでの遭難の真相、成し遂げた偉業の数々を振り返ります。

更新日: 2014年05月08日

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霧生幻さん

世界的冒険家「植村直己」没後30年を記念して特別メモリアル企画展が開催!

植村直己冒険館とは...
世界的冒険家、植村直己の功績を顕彰する施設として平成6年に開館。今もなお、世界中の人々に愛される彼の「生き方」を後世に語り伝えるための拠点。

「冒険とは生きて帰ること。」
そう言い残して植村直己さんが逝ってから、今年で30年。

43歳の誕生日だった1984年2月12日、厳冬の北米マッキンリー(標高6194メートル)単独登頂を果たしたが、翌13日の無線連絡を最後に消息を絶った。

※今現在も遺体は発見されておらず、最後に消息が確認された1984年2月13日が植村さんの命日とされています。

出身地の豊岡市日高町の植村直己冒険館で、特別メモリアル企画展「こんな日本人がいた~いま、甦る植村直己」が始まった。

通常展示の約350点に初公開品など約60点を追加し、植村さんの偉大な冒険の足跡をたどっている。6月30日まで。

植村直己さんの遭難は1984年、もう30年も前の話か・・・今でもマッキンリーの何処かで永遠の眠りに就いている。

植村直己冒険館なう。実際に身につけていた道具類がたくさんあって感動。北極圏12000kmの時の犬ゾリを触らせてもらった。

植村直己ってどんな人?

日本人初のエベレスト登頂や世界初の五大陸最高峰登頂など多くの偉業を冒険史に刻み、国民栄誉賞を受賞した世界的冒険家

日本の歴史史上最高、世界でも類の少ない大冒険家だ。

登山家、冒険家である植村直己は偉業を成し遂げても満足することなく、極限状態に身を置き続けた。アマゾン河、北極圏など冒険の対象は山とは限らない。人がやっていないことをやってみたい、それを実行し続けた人である。

歴史に残る偉業もさることながら、その不屈の精神、愛すべき人柄にも植村さんの魅力がある!

彼の素晴らしいのはその不屈の精神だ。肉体的には恵まれない体格ながらも他の人には出来ない偉業を無し遂げた。そして彼の凄いところはその冒険の殆どが単独である事だ。

彼には、思いついたことを即実行に移しそれを挫折することなくやり遂げる、行動力と意思力、つまり冒険家としての基本的な資質と呼べるものが備わっていた

安全のためにはおそらく当然で、非難するべきことでもないが、冒険者としては単独登頂が真髄だろうと思う。植村直己さんはやはり神だな。

植村さんから学んだ事は「夢に誠実である」と言う事だ。植村さんは自分の夢に誠実であり続け純粋な人で在り続けた。そう子供で在り続けたのだ。

謙虚で律儀で、控えめで多くを語らないタイプなのに、人並みはずれた行動力で多くの冒険を成功させ、多くの人たちからその人柄が愛され応援されるようになった。

冒険家とは思えない繊細で臆病な一面を持った素朴な人間性に打たれ、彼の足跡を偲ぶ人が多い。その愛すべき人柄故に多くの人々の心を惹きつけるのだと感じる。

ここ数日、植村直己さんの事が頭から離れない。夢を諦めずに実直に追い求める姿勢、個人ではなく他を思いやる心、自らの行動とチャレンジする精神で道を切り開くたくましさ…今の若い人に知ってほしい。植村直己こそ日本を代表するヒーロー http://twitpic.com/3w3qi6

’’冒険家’’植村直己が成し遂げた偉業を振り返る!

出典cdn.mkimg.carview.co.jp

1970年 - エベレスト登頂(松浦輝男とともに日本人初登頂)

日本山岳会の創立65周年事業としてエベレスト登頂隊を結成、植村も参加した。植村は自己負担金を用意できなかったため荷揚げ、ルート工作要員としての参加であったが、抜群の体力等が認められ松浦輝夫とともに第1次アタック隊に選ばれ、1970年5月11日、日本人初のエベレスト登頂に成功する。

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