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【海外の反応】スリランカが親日な理由

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更新日: 2014年05月02日

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出典ameblo.jp

スリランカ民主社会主義共和国、通称スリランカ
南アジアのインド亜大陸の南東にポーク海峡を隔てて位置する共和制国家
首都はスリジャヤワルダナプラコッテ

日本スリランカ友好道路

日本のハイブリッド車

多くのインフラが日本の支援で出来ていることが、スリランカでは広く認知されている

2009年まで26年間続いた内戦が終結し、その潜在能力を知る海外資本が殺到。
2010年以降、年率8%程度の経済成長が継続。
高級陶磁器メーカー「ノリタケ」や「KIRIN」などの日本企業も進出。

スリランカに工場を置く日本の高級陶磁器メーカー「ノリタケ」

日本を題材にした教科書

半世紀前に日本を救った国スリランカ

1906年9月17日 出生
1978年から1989年までスリランカ大統領を務めた
1991年 広島市を訪れ、広島平和記念資料館を見学

1996年11月1日 死去

1951年のサンフランシスコ講和条約締結後、
世界で一番早く正式に日本と外交関係を結んだのもスリランカであった。

当時の大蔵大臣で、後に、初代スリランカ大統領になる
ジャヤワルダナ氏が尽力したのだった。
スリランカが、「英連邦内自治領セイロン」であった当時、
随一の実力者だった彼は、
サンフランシスコ講和会議に出席する。

席上、諸外国からは、
「日本に今、この段階で平和を与えるのは、もってのほか。」
「日本は南北に分割して統治すべき」
「日本を独立させるのは時期尚早」などなど、
さまざまな議論・意見が出る中、ブッダの言葉を引用し、こう語った。

「戦争は戦争として、終わった。もう過去のことである。
我々は仏教徒である。
やられたらやり返す、憎しみを憎しみで返すだけでは、
いつまでたっても戦争は終わらない。

憎しみで返せば、憎しみが日本側に生まれ、
新たな憎しみの戦いになって戦争が起きる。
戦争は憎しみとして返すのではなく、
優しさ、慈愛で返せば平和になり、
戦争が止んで、元の平和になる。
戦争は過去の歴史である。

もう憎しみは忘れて、慈愛で返していこう。」と。
対日賠償請求権の放棄を明らかにするとともに、
わが国を国際社会の一員として受け入れるよう
訴える演説を行った。

この演説が、当時わが国に厳しい制裁措置を求めていた一部の
戦勝国をも動かしたといわれ、
その後のわが国の国際復帰への道につながる
象徴的出来事として記憶されている。

彼の足跡は、今も日本国内に残っている。
八王子の雲龍寺、鎌倉の大仏、長野の善光寺の3ヶ所には、
彼の善行に感謝し、記念のための、顕彰碑や、銅像が建立されている。

ジャヤワルダナ氏の言葉

サンフランシスコ講和会議にて
「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」

「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」

死去に際し献眼、角膜提供
「右目はスリランカ人に、左目は日本人に」との遺言により、片目は日本に贈られた

ジャヤウルダナ大統領の銅像

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