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【閲覧注意】尊属殺人罪(刑法200条・親殺し)が消えた理由

俗にいう「親殺し」。昔は死刑または無期懲役のどちらかだった刑法200条は、とある事件がきっかけで形骸化し、そして消えた。

更新日: 2017年01月09日

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Four-Colorさん

昔、親殺しはそれ以外の殺人とは別の裁かれ方をしていた。

俗にいう「親殺し」。昔は死刑または無期懲役のどちらかだった刑法200条は、とある事件がきっかけで形骸化し、そして消えた。

かつて日本では、自己または配偶者の直系尊属を殺した者について、通常の殺人罪(刑法199条)とは別に尊属殺人罪(刑法200条)を設けていた。

通常の殺人罪では三年以上 - 無期の懲役、または死刑とされているのに対し、尊属殺人罪は無期懲役または死刑のみと、刑罰の下限が高く、より重いものになっていた。

過去、刑法200条には尊属殺について書かれていた。
殺人罪の下限は2004年に三年から引き上げられている。

これが長く歴史的に残されてきた事由は、人間本来の自然なる情に根差した「子は親を敬う」「親は子を慈しむ」という人間観に基づいていた。

(殺人)
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。



第二百条  削除



(予備)
第二百一条  第百九十九条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。

現在刑法200条は削除されている。

直系尊属とは、父母・祖父母など自分より前の世代で、直通する系統の親族のことです。また、養父母も含まれます。叔父・叔母、配偶者の父母・祖父母は含まれません。

こんな親がいる自分を殺すか親を殺すか 本当に駄目な人間で同じいえにいるのが本当につらい リスカやめられない 殺したい

@paindante17 自分の人生をつぶした親がいます 殺したいと思ってますどうしたらいいですか(茶番無し)

昔から子殺しより親殺しの方が大罪だとか重い罪だとか言うけどお前らが勝手にあれこれしてこちとら望んで生まれてきたわけでもないのにお前らがお前らの都合で生んだ命を粗末に扱う方が罪軽いとか馬鹿げてると思うよね

なぜ父親を殺したのか?

矢坂市実父殺し事件と呼ばれ、今でも時々話題になるこの事件を紹介します。

昭和43年10月5日午後10時頃、栃木県矢板市内の雑貨商宅に同市在住の松田和代(仮名、当時29歳)が訪れ、「父親を紐で絞め殺しました」と泣き崩れた。

警察は、雑貨商の通報で和代を同行させて自宅に急行した。すると、植木職人で父親の直吉(仮名、当時52歳)が既に絶命していたため和代を尊属殺人容疑で緊急逮捕した。

学生時代に・・・

「お父ちゃんが私のところへ来て変なことする・・・」

中学3年になったA子は泣きながら母親にこのことを打ち明けている。

だが母は「どうりで私のところにこなくなった。おかしいとは思っていた」と言うだけで、ショックを受けたようでも、怒っている様子でもなかった。

娘の目にはそう見えた母親だが、子ども達のいない時に「A子に何すんだ!」とTに怒りをあらわにした。

だが父親は逆に包丁をつきつけて「ガタガタぬかすと、殺すぞ」と脅し返した。

恐れた母親はA子や他の子ども達と逃げ出した。

父親はそれまでは心優しい夫であったのだが、A子とのことがあってからは、乱暴な男に変わっていた。

犯人の女性A子はまだ14歳であったにもかかわらず

実の父親に性的な暴行を受け、

しかもそれが母親などに訴えられないのをいい事に

それを繰り返すようになった。

1年がたってようやく母親に打ち明け、母親は味方になったのだが、父親は刃物を出すなどの脅迫をし、さらには娘を連れて逃げる母親を娘ごと連れ戻すなどということもやったのである。

その後も性的な暴行は収まらず、

家出をする母子を連れ戻すなどという行為を繰り返し、

ついには母親の手元から娘を連れ去って

自分の子どもを産ませるに至った。

その後、父娘は事実上の夫婦状態になって、娘は父親の子どもを何人も産む羽目になってしまった。

この辺りは省略されているのか、母親はすぐに他の子供達を連れ家を出たように書かれていることが多いです。

11月24日、A子は長女出産。

 昭和32年、市営団地に引っ越す。A子はここで二女、三女を出産。

就職、初恋。

そんなA子に転機が訪れたのは、

産んだ娘が就職して、

A子の方も家計の足しにと働きに出たとき。

そこで恋人ができたのである。

結婚すれば、この境遇から抜け出せるかもしれない。

「あんたが悪いんだ。あんたが会社に入ってこなければよかった。あんたが好きになってしまった」

8月の終わり頃、仕事を終えて帰宅中のA子に、Sさんが「工場をやめようかな」と言った。その理由については言わなかったが、その翌朝、Sさんが告白した。

Sさんと仕事帰りに喫茶店でおしゃべりをしたり、

東武デパートで買い物をしたり、

花屋敷で映画を見たことは、

彼女にとって初めての幸福であったに違いない。

A子は父に束縛されるため遠出がほとんどできなかったので、同僚が「恋人と~に行ってきた」と話すのがうらやましくて仕方なかった。

ところが、父親はそれさえ許さなかった。

恋人ができたことを知った父親は怒り狂い、

暴力をふるいそうになったため娘は逃走したのだが、

父親に見つかって連れ戻され、

しかも父親はほとんど娘を外に出られないように昼夜監禁状態にし、

しかもそのさなかにあいも変わらず性行為を強要する状態になった。

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