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写真で見る朝鮮戦争の様子。悲惨すぎる韓国と北朝鮮の戦争!韓国の徴兵制

1950年(第二次世界大戦終結後)に起こった朝鮮戦争では、韓国・北朝鮮の合わせて400万人もの死者を出す悲惨な戦争となりました。国民の5人に1人が死んで、多くの都市が焼け野原となりました。今も停戦状態のまま継続しているとされる韓国と北朝鮮の戦争についてまとめました。

更新日: 2018年09月11日

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北朝鮮側にもアキレス腱はあった。快進撃の結果、兵站(へいたん)が伸びきっていたのである。平壌(ピョンヤン)から大邱まで、直線距離にして400km。兵站とは、戦闘部隊の後方支援で、燃料・弾薬・食料の補給、兵員や兵器の補充をおこなう。兵站が長いほど補給は難しくなり、兵站線を途中で絶たれる可能性もある。

マリリン・モンローは、朝鮮戦争の応援として、米軍の慰問を行いました。

地理的にほとんど関係のないニュージーランドの舞台も朝鮮戦争に「国連軍」として参戦しました。

オーストラリアは、アメリカとの友好関係を重視して朝鮮戦争に部隊を派遣しています。

◆ 膨大な数の中国軍が参戦

兵士が20万人ほど参戦して、後方支援を含めると、100万人ほどが参加しました。

1年前に建国したばかりの中国には朝鮮戦争に介入する能力も意志もあるまいと思われていたが、そのとき毛沢東は70万の大軍をもって断固介入した。人命の損失など意に介さぬ怒涛のごとき人民解放軍の人海戦術のもとに、兵站が伸びきった米韓軍の壊走がはじまった。

1950年7月7日、周恩来が招集した国防軍事会議において、東北辺防軍の創設が決定され[2]、人民解放軍の正規部隊である第13兵団(第38、第39、第40)、および第42軍、等を抽出し編成した。同年10月8日、毛沢東中央軍事委員会主席による「中国人民志願軍の設立に関する命令」が発布され、辺防軍は志願軍に改編され、彭徳懐が司令員兼政治委員に任命された。

20万人の兵士と数十万人の後方支援が参戦して、戦局を大きく動かしました。

派兵された「中国人民志願軍」(抗美援朝義勇軍)は彭徳懐を司令官とし、ソ連から支給された最新鋭の武器のみならず、第二次世界大戦時にソ連やアメリカなどから支給された武器と、戦後に日本軍の武装解除により接収した武器を使用し、最前線だけで20万人規模、後方待機も含めると100万人規模の大軍だった。

米軍では、中国軍に対して非常に強力なマシンガンで対抗しようとしましたが、中国軍の数の多さに圧倒され続けました。

中国人民志願軍は、朝鮮半島北部特有の山地を遮蔽として利用しながら兵士を殺到させる人海戦術を行ない、大挙して迫る中国人民志願軍に対して、国連軍は本来対空自走砲であるM16対空自走砲を歩兵に対して使用するほどであった

1950年10月頃に参戦した中国軍は、米国を中心とする国連軍を圧倒して、数の威力を見せ付けました。

◆ 米兵向けに設置された慰安所

日本の慰安婦問題を問題視している米軍は、朝鮮戦争において朝鮮人を相手に慰安婦宿を設置していた事はあまり知られていません。

朝鮮戦争において、このような「慰安所」が沢山設置される事になりました。

韓国軍慰安婦または大韓民国軍慰安婦 とは、韓国軍と在韓米軍や国連軍を相手にした慰安婦。朝鮮戦争やベトナム戦争では韓国はアメリカ合衆国を基盤とした連合軍に参加したため、韓国で設置された慰安所および慰安婦(特殊慰安隊)は韓国軍だけでなく米軍をはじめとする国連軍も利用した。

大韓民国政府は、韓国軍と国連軍のための慰安所を運営した。韓国軍は直接慰安所を経営することもあり、韓国陸軍本部は特殊慰安隊実績統計表を作成していた。部隊長の裁量で周辺の私娼窟から女性を調達し、兵士達に補給した。韓国軍によりトラックで最前線まで補給された女性達は、夜になると開店しアメリカ兵も利用した。

◆ 朝鮮戦争で行われた多数の虐殺事件

韓国人であっても、政治思想が違うという理由で、数多くの韓国人が虐殺されました。

保導連盟事件では、多くの人が捕えられた後で、そのまま殺害されました。

政治的に違った思想を持つとされた人は、容赦なく殺される事になりました。

韓国軍や韓国警察などが組織的に関与して虐殺が行われる事になりました。

李承晩大統領の命令によって韓国国軍や韓国警察が共産主義からの転向者やその家族を再教育するための統制組織「国民保導連盟」の加盟者や収監中の政治犯や民間人など、少なくとも20万人あまりを大量虐殺

◆マッカーサーの解任

マッカーサーは、あまりの中国軍の数と強さに対して、原子爆弾を中国に落とす事を主張し始めていました。

マッカーサーが暴走を続けた末に、戦闘が中華人民共和国の国内にまで拡大することによってソ連を刺激し、ひいてはヨーロッパまで緊張状態にし、その結果として第三次世界大戦に発展することを恐れたトルーマン大統領は、4月11日にマッカーサーをすべての軍の地位から解任した。

日本における戦争特需

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