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伊右衛門の「右」はなぜ読まない?読まない漢字のワケ

伊右衛門や石川五右衛門など名前に「右衛門」がつく場合、「右」は黙字として発音しません。一方、「左衛門」は「さ(ざ)えもん」と「左」を発音するのは疑問ですよね?

更新日: 2014年05月11日

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伊右衛門や石川五右衛門の「右」を読まないのはなぜ?

伊右衛門の「右」が発音されないという中学からの謎にそろっと迫ろうと思う

伊右衛門の「右」の部分は「いえもん」という発音のどこの要素にあたるのか誰か教えてください。伊衛門でも「いえもん」だよなと思い続けて10年くらいになるからそろそろ答えを知りたい。権左衛門は「ごんざえもん」だからしっくりくるけど。

伝説の盗賊『石川五右衛門』。『五右衛門』と書いて【ごえもん】と読みますが、"右"の音はどこに行ってしまったのでしょうか

英語でいえばknowやknifeの「k」みたいな感じですね。日本語の漢字にも黙字(表記しても読まない字)はあります。

「右」は読まないのに「左」は読む

一方、江戸中期の浄瑠璃・歌舞伎作家『近松門左衛門』は【もんざえもん】と"左"も発音します

頭に文字を付けた場合「左衛門」の部分は「~さえもん」ではなく「~ざえもん」と読む場合が多いそうです。

「五右衛門」はゴエモンですが、右が語頭にある「右衛門督」はウエモンノカミと発音します

頭に文字を付けた場合「右衛門」の部分は「~うえもん」ではなく「~えもん」と読む場合が多い

どうやら「右衛門」は「○右衛門」のように、頭に文字が付いたときだけ「右」が発音されないそうです。

昔の人の名前の「衛門」。もともと平安時代の役所の名前で「衛門府」というのがありました。衛門府はその名の通り朝廷の門を守衛していて、「右衛門府」と「左衛門府」がありました。衛門府を退官した人が証として自分の名前に「右衛門」や「左衛門」を入れて通称として名乗りだし、さらに子供の名前に入れるのが流行しました。その後、時代が経つにつれて先祖が「衛門府」出身であるかにかかわらず人名として使われるようになったそうです。悪名高い大盗賊の石川五右衛門ももとをたどると由緒正しい名前だったわけです。

もともと右衛門の「衛」は「え」じゃなくて「ゑ」だった

奈良時代には、ヱは [we] と発音され、ア行のエは [e] と発音されて区別されていた

ワ行(わ、ゐ、う、ゑ、を)の「わ」以外は母音として扱われます。この「ゑ」という文字は「恵」をくずしたもので、カタカナにすると「ヱ」。かぎつきの「エ」になります。

昔の日本では語頭以外で母音が連続するのは避けられていた

古来の日本語では一語中で母音が連続すること(連母音)が嫌はれました。簡単にいふと語頭以外に「あ、い、う、え、お」の文字が来るやうな語は存在しにくかつたのです

人名の場合は、右の上に「五」などがつくわけですが、日本語には古くから「語中・語尾にある母音はほかの母音とくっついてひとつになってしまうか、発音のなかで摩滅してしまう」という傾向があります

頭に何も無い「右衛門」は「うえもん」と呼ばれることも多い。

「ごうゑもん」の場合、ウという母音が語中にぽつんとあるのが日本語として非常に不安定なために、いつの間にか欠落してしまうわけです

「ゑ」も母音扱いなので母音の衝突を避けるため「う」が無くなったとも考えられます。「体育(たいいく)」が発音では「たいく」になるようなものです。「左衛門」の「左」は「さ(sa)」と子音+母音になっているので変化する必要がないわけです。

現代ではえと同じ発音である。現代仮名遣いでは「ゑ」は使われず、代わりに「え」と書かれる

時代が経つにつれて発音も文字もア行の「え」に統一されていきました。「うゑもん(ううぇもん)」→「うぇもん」→「えもん」と変化していったわけですね。

中国語では「哆啦A夢」と書き、なぜか「え」の部分が「A」になっています。ちなみにドラえもんの「えもん」がひらがなの理由は、ドラえもん百科(片倉陽二著、藤子不二雄監修)によると、もともとは「ドラエモン」だったのが、ロボットの戸籍調査の時に「エモン」のカタカナが分らなくて、ひらがなで「えもん」と書いた為に、「ドラえもん」となってしまったという設定だそうです。これは後付けの設定なので元のいきさつは不明です。

伊右衛門をローマ字にするとIYEMONと「Y」が入る

これを「IYEMON」とするのは「IEMON」だと主に英語圏の人に「イーモン」と読まれそうなのでそのための対策だと思います

同様に「IWEMON」だと外国人は「w」をハッキリ発音するため「イウェモン」と読まれてしまうそうです。

鎌倉時代に入るとヱとエの混同が顕著になり、13世紀に入るとヱとエは統合した。ヱが [we] から [je] に変化することによって エと合流したと考えられている

さらに「ゑ(うぇ)」が「え」に統合する過程で「いぇ(ヤ行のえ)」と発音されていたそうなので、ヤ行の子音の「Y」が使われてもおかしくはないそうです。16世紀のキリシタン資料でも「え」「ゑ」「ヤ行のえ」をすべて「YE」と表記していて、発音もすべて[je]だったそうです。

他にもある読まない漢字

「和泉」の国名は和銅6年(713年)の詔により2字にしたもので、「和」は読まない

元々の表記は「泉」であったが、713年(和銅6年)の諸国郡郷名著好字令(好字二字令)により国名を2字にしなければならなくなり、無理やり佳字の「和」を付与したものとされている

元明天皇の詔により、「郡・郷の地名は二字好字であらわすこと」とされ「和」の文字が添えられました。同じように「紀伊国屋(きのくにや)」の読みで知られる紀伊(きい)はもともと「木国(きのくに)」だったのを詔の2字縛りにしたがって「紀伊国」にしたそうです。

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