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WORLDSさん

500社以上の会社に関わっていた

第一国立銀行ほか、東京瓦斯、東京海上火災保険、王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、田園都市(現東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール、東洋紡績など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上といわれている。

第一国立銀行(第一銀行、第一勧業銀行を経て、現:みずほ銀行)や東京ガスなど、今でも名が知られている数々の企業に関わっていた超人。

27歳の時、15代将軍となった徳川慶喜の実弟・後の水戸藩主、徳川昭武に随行しパリの万国博覧会を見学するほか欧州諸国の実情を見聞し、先進諸国の社会の内情に広く通ずることができました。

ヨーロッパの影響を受け、政治ではなくビジネスの世界を志した。

企業をつなげる商法会議所を設立(現:商工会議所)

「日本には商工業の世論を結集する代表機関がなく、世論を論拠とした明治政府の主張は虚構にすぎない」との反駁を諸外国から強く受けたことが発端となり、伊藤博文、大隈重信が渋沢栄一に商工業者の世論機関の設立を働きかけました。

政治界の重鎮から、渋沢栄一に命が下る…

論語と経済とを結びつけ、理念経営の大切さを説いていた

《わたしが四十三年間(明治六年から大正五年まで)経営していた第一銀行も、これとは別にある特徴を保持している。それは『論語』の趣旨に則り、親族に手厚く、昔馴染みを忘れないという考え方を、終始一貫、第一銀行の行風としているのだ。

 このため今日でも、第一銀行においては、多数の行員がまるで親戚であるかのように人情に厚く、お互いに親切に交際している。現在頭取をつとめる佐々木勇之助氏は、わたしと同じ考え方で銀行を率い、本店はもちろん四十余りある支店のすべてでこの『論語』の講義録を読んでいるという。

 もしこの正直で善意にあふれた風潮を、一般の会社にまで普及させて、職員や技術者同士の親しみの気持を厚くし、上に立つ者が率先して手本を示すようにしたならば、労働問題もあまりやかましくならないし、労使協調会なども、その必要がなくなるだろう。もちろんストライキなど起こりようがないのだ。地主と小作人との関係に広げていけば、小作人争議も起こらなくなるだろう》

論語によって、社内コミュニティの充実化を実現。人の心、道徳を学ぶことがビジネスにおいても大変重要だと分かる。

『マネジメント』の著者であるドラッカーは渋沢栄一を代絶賛していた

《率直にいって私は、経営の「社会的責任」について論じた歴史人物の中で、かの偉大な明治を築いた偉大な人物の一人である渋沢栄一の右に出るものを知らない。彼は世界の誰よりも早く、経営の本質は「責任」にほかならないということを見抜いていたのである》

儒教はドラッカーの多くの著作の基礎となっている。

関東大震災直後も活躍(当時80歳を超えている)

内務大臣だった後藤新平からの協力要請を受ける形で、民間組織としては「協調会」と「大震災善後会」の二つを主軸に救済と復興を担っていく

民間の力を生かし、復興支援に貢献した。

名言

富貴に驕ってはならない。貧賤を憂えてはならない。ただ知識を磨き、徳を高めて、真の幸福を求めようとすること。

人に接するには、必ず深い敬意を持ってせよ。宴楽遊興の時であっても、敬意と礼を失ってはならない。

交わってためになる友を近づけ、損になる友を遠ざけ、かりそめにも己にへつらう者を友としてはならない。

言葉は真心を込め、行いは慎み深く、事を取りさばき、人に接するには必ず誠意を持って臨め。

たとえその事業が微々たるものであろうと、自分の利益は少額であろうと、国家必要の事業を合理的に経営すれば、心は常に楽しんで仕事にあたることができる。

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