5月7日、勤務先の休日を利用して弘前支店を訪れ、カウンターの位置や従業員数を確認。浪岡町周辺のガソリンスタンドで約4リットル入りの金属缶でガソリンを購入した。ちなみに犯行当日も休日だった。

 5月8日午前10時45分頃、小林が弘前市田町5丁目のビル3階の武富士弘前支店に押し入る。支店には出入り口から奥が見えないように、カウンター部分と店舗奥にある管理室との間を仕切る壁があり、男は出入り口近くからカウンターの内側に向かって、金属製の缶に入ったガソリンを主成分とした混合油をまいた。撒き終えると、小林は「金を出せ出さねば火をつけるぞ」と津軽弁で脅迫、支店長が断ると火を付けた。同48分には支店長が「今、男が来て火を付けるところだ」と通報。凶行はわずか2~3分の間に行われた。
 当時、支店内の金庫には1000万円が入っていたが、小林は予想以上に火の勢いが強かったためか、何もとらずに外に停めておいた緑色の軽ワゴン車「スバル・サンバー」で青森市方向に逃走。
 
 この火災により、同支店勤務の田沢伸治さん(36歳)、太田はるかさん(20歳)、葛西志保里さん(22歳)、笹森容子さん(46歳)、福井貴子さん(30歳)の5人が焼死、他に店長ら4人も火傷を負った。亡くなった5人は店舗奥に追い詰められたような状態で発見された。出入り口は1カ所しかなく、このため、従業員らは出入り口から反対方向の管理室の方に逃げたが火の回りが早く、避難口に設置したロープ式の避難器具も使えなかった。駆け付けたファストフード店の店長らがかけたはしごで、火傷を負いながらも4人が脱出できただけだった。
 同支店では防犯ベルが5箇所に設置されており、ベルが鳴れば数分で警備員が駆けつける体制になっており、2台の防犯カメラも24時間稼動していた。しかし、店内の焼失とともにカメラも燃えてしまい、科学捜査研究所にまわせないものが多かった。

 5月9日、小林は事件翌日にはなにくわぬ顔で出勤している。この日、ガソリンを入れていた4リットルの金属缶を自宅近くの雪捨て場のようなところで捨てた。

 5月下旬、小林、裁判所で自己破産の申請。

 12月25日、事件が起こった弘前市のビルが取り壊される。

 武富士では犯人の似顔絵入りのポケットティッシュ2億5000万個を配り、犯人逮捕に協力した。ニュース番組などでも似顔絵がたびたび紹介されるなど、小林を追いつめていった。

http://yabusaka.moo.jp/takehuji.htm

前へ 次へ

この情報が含まれているまとめはこちら

武富士弘前支店強盗殺人・放火事件とは【小林光弘】

武富士弘前支店強盗殺人・放火事件(たけふじひろさきしてん ごうとうさつじん・ほうかじけん)は、2001年5月8日に青森県弘前市田町で起きた強盗殺人・放火事件である。

このまとめを見る