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日本最悪の大洋デパート火災の舞台となったダイエー熊本下通店が閉店へ

九州の中心、政令指定都市となった熊本市の中心市街地にはダイエーとは思えない程豪華なダイエーがある。実はこのダイエー、壮絶な過去を背負っていたダイエーであった。このまとめでは建物が背負った歴史を紐解いていくページとなっている。

更新日: 2014年05月12日

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depatsunetさん

ダイエー熊本下通店

九州のダイエーでは
ショッパーズ福岡店や鹿児島中央店に並ぶ
高層のダイエー店舗。
しかし、明らかに豪華な正面玄関等
スーパーとは思えない構造の建物になっている。

熊本市中央区のダイエー熊本下通店が11日、閉店した。デパート火災史上最悪の惨事が起きた旧大洋デパートのビルを引き継いで1995年から営業していたが、建物の老朽化などから閉店を決めた。ビルは取り壊され、新たな複合商業施設が建設される。

6月にも解体工事が始まり、2016年秋には跡地を含めた一帯に複合商業施設がオープンする。引き渡しは今月30日で、新施設はファッションなど物販中心のビルになる予定。

熊本城側から撮影したダイエー熊本下通店。
塔屋には「daiei」の文字が目立つが
下項目の写真を見て分かるように
壮絶な歴史を背負っているのである。

三越とも提携していた大洋デパート火災とは?

大洋デパートは1973年の火災を経て営業再開後、三越の支援を仰ぎ再建に向かっていた。
売場面積規模やスタイル面では火災時の建物をそのまま活用している事から非効率的なものとなったが、
三越から商品の供給を受けるなど、洗練された都市型百貨店スタイルの売場が展開されていた。
73年以降は三越の商品券にも大洋(熊本)の名前が掲載され、事実上の三越傘下に入る可能性も見せていた。
その後の提携交渉の失敗結局同社の倒産で地場スーパー「ユニード」の傘下になったが、
再建が成功していた場合は同じく三越に業務提携の面で支援を要請していた。
ニューナラヤ(現在の千葉三越)、オリエンタル中村(現在の名古屋三越)、鹿児島丸屋(のちの鹿児島三越)と同様に熊本三越として営業していただろう。

1973年発生した大洋デパート火災。
国内での百貨店火災では千日デパート火災と並び全国的に有名である。
現在、熊本県民にとっての百貨店と言えば鶴屋であるが、
当時の熊本県民にとっては大洋デパートこそが
熊本の百貨店であり
大洋に行く事がステータスであったとされる。

死者・負傷者は200人を超えた。
今日の商業施設の設計基準を変えたとされるのも
この大洋デパート火災であった。
避難所の確保やスプリンクラー設備など様々な要因が
この惨事を引き起こしたとされている。

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