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直彫り石彫の第一人者 舟越保武 作品集 (Yasutake Funakoshi)

舟越保武 作品集 Yasutake Funakoshi || 長崎二十六殉教者記念像、青い魚、原の城、LOLA、道東の四季-春-、若い女、聖ベロニカ、聖セシリア、舟越保武の遺した言葉、舟越保武の著書

更新日: 2014年07月21日

JSCさん

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舟越保武氏

大正元年(1912)、現在の岩手県二戸郡一戸町に生まれる。
県立盛岡中学校(現・県立盛岡第一高等学校)では、洋画家松本竣介と同期だった。
次男の舟越桂や三男の舟越直木も彫刻家として活躍。

長崎二十六殉教者記念像

長崎二十六殉教者記念像は自身もカトリック信徒であった舟越保武が五年の歳月をかけて完成させた大作。

日本二十六聖人とは、1597年2月5日(太陰暦では慶長元年12月19日)、豊臣秀吉の命によって磔の刑に処された26人のキリシタンである。時の最高権力者によってキリシタンの処刑が命じられたのはこの事件が最初であった。以後、長崎でのキリシタンの処刑はこの西坂で行われるようになった。

聖フィリッポ・デ・ヘスス 木炭・紙 51×16cm 1958-62

「青い魚」

1958(昭和33)年
ブロンズ
23.0×167.5×25.0cm

透明で速い流れのなかを泳ぐ川魚の一瞬の姿がとどめられている。釣り好きの舟越保武は、渓流とそこに棲む生き物との関係、自然の大きさ厳しさに思いを馳せる。

「やがて浮子見えずふりむけば月見草」 と刻まれています

「原の城」

島原の乱は、島原や天草の領民が1637(寛永14)年に領主の苛政やキリシタン的動きの取り締まりに耐えかねて起こした農民一揆。当時すでに廃城になっていた原の城に2万7千の一揆軍は立てこもって応戦。凄惨を極めた戦いの末、10数万の幕府軍に敗れ去り全員殺害された。

1971(昭和46)年
ブロンズ
197.0×64.0×53.0cm

本丸で討ち死にした兵士が雨上がりの夜に月光を浴び亡霊のように立ち上がる姿を心に描く。現実と幻想のあいだを浮遊する像、ときに現れときに消える。彫刻という実体のあるもによって幻覚のようなものを作りだそうとした。これができて彫刻家は原の城の幻影から解放された。

1971年制作  197.0×64.0×53.0cm ブロンズ

「LOLA」

1972(昭和47)年
大理石
40.0×40.0×22.0cm

道東の四季-春-

1977年、65歳の舟越氏が北海道釧路市の幣舞橋にこの作品を設置。佐藤忠良「夏」、柳原義達「秋」、本郷新「冬」との競作。

作品は釧路市の幣舞橋改築に際して「道東の四季」をテーマに佐藤忠良、柳原義達、本郷新と共に女性像の制作を依嘱された時のもので、舟越保武は「春」を担当した。

制作年 1977(昭和52)年
技法/材質 /ブロンズ
寸法(cm) 高さ230.0

技巧的な作為を凝らさず、余計な表情も与えない、無意識のうちに求める一つの面影。静かにそこにいる人。そんな印象を抱かせる舟越の女性像は、彼の理想と祈りにも似た姿を想起させる。

制作年 1976(昭和51)年頃
技法/材質 木炭/紙
寸法(cm) 48.0×33.0

「若い女」

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