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太平洋戦争開戦経緯 あるいは日米挑発合戦

未完成です。間違って公表中。ぼちぼち完成させます。

更新日: 2019年07月28日

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mototchenさん

太平洋戦争は日本は思い込みと相手への無知による国際感覚の欠如、アメリカは異文化への無理解と誤訳、誤情報、イギリス チャーチルに陰謀で結果的に挑発合戦になってしまった感があります。

黄禍論、中国の反日偽書『田中上奏文』、日系人写真花嫁等カルチャーギャップによる日本人不信が高まりました。
そして日米双方の暗号解読と異文化のための誤訳から不信が決定的なものを呼びました。
その結果として相互の挑発(日本は無意識的、アメリカは意識的)となり戦争にいたりました。

大日本帝国の食糧不足
軍縮時代における帝国軍の構造変化と軍縮交渉での欧米への不満
満州事変
日中戦争と中国の反日プロパガンダによる欧米の日本不信
ソ連コミンテルンのスパイ干渉による日本の南進論決定
仏印進駐と周辺米国戦略拠点への認識不足
仏印進駐に対し反独英チャーチルによる米ルーズベルトの対日原油輸出禁止決定
松岡洋右による日米同意の破棄と三国同盟
英米による日本外交暗号解読と誤訳
ルーズベルト書簡と天覧の遅延

開戦までの概略経緯

1931(昭和6)年に満洲事変が勃発して、日本が国際的に非難されていた時、アメリカの広告会社が大挙してワシントンの日本大使館に押しかけ、「われわれが日本の言い分をアメリカの世論に大々的にキャンペーンしてあげます。だから契約書にサインを」と迫ってきた。

 日本の大使は、こんなプロパガンダなどは「外交には無縁」と、すべて断って追い返してしまった。すると、彼らはその場でタクシーに乗って中国大使館に行き、大々的な契約を結んだ。その結果、その後に起こった上海事変も、日本側が引きずりこまれたにも関わらず[e]、日本側から武力を使ったように歪めて報じられ、欧米で反日感情が沸き起こった。[1,p66]

 我が国が日中戦争、日米対立から大東亜戦争開戦へと悲劇の道を進んでいく過程の裏には、蒋介石政権によるきわめて活発な対米ロビー活動があり、非合法のルートも使われて米側に資金が流れていた。そうした史料が最近、公開され始めている。

前段としての誤解

偽書 田中上奏文の流布と日本陰謀説神話

シナでは絶好の「排日資料」として利用され、繰り返し宣伝されました。たとえば、昭和7年11月、国際連盟の第69回理事会で、満州事変が討議された際、中国の代表は『田中上奏文』に言及しました。日本代表・松岡洋右が、この文書を真実とみなす根拠を追求したところ、中国代表は「この問題の最善の証明は、実に今日の満州における全事態である」と答えました。ひどいこじつけの論法ですが、その後の東京裁判でも、中国は同じ論法を使っています。(2)
東京裁判では、米国・旧ソ連・中国などの連合国が日本を裁くうえで、『田中上奏文』を重要な根拠としたようです。
冒頭陳述において、キーナン主席検事は、日本は昭和3年以来、「世界征服」の共同謀議による侵略戦争を行ったとのべました…なぜ昭和3年以来かというと、この年、張作霖爆殺事件が起こったからです。その事件が起点とされる理由は、『田中上奏文』が日本による計画的な中国侵略の始まりをこの事件としていることによります。

大日本帝国はなぜ中国と闘い始めたのか?

アメリカはいかにして日本を追い詰めたのか

誤訳の具体例をあげてみましょう。
1941年11月20日付けの来栖駐米大使宛電文(東京から発信)のケースでも、米国側のマジック訳はその内容を決定的に誤って伝えてしまいました…

日本側としては同盟国ドイツに影響されずに自主的(独自)に判断することができ、事実上は「参戦しない」との方針を伝えたかった…
ところが、アメリカ側のマジック情報担当者は、三国同盟による日独関係を日本が「自動的に(automatically)」参戦する義務を負っていると思い込んでいたため、正しくは「independently」と訳すべき日本語の「自主的に」という部分「automatically」と完全誤訳
その翌11月21日には来栖大使がハル国務長官と会い、日本の義務について電文どおりに説明したのですが、すでに誤訳情報がアメリカの上層部に届けられていたため、来栖大使の説明努力も無駄…
来栖大使本人から「independentlyに(自主的に)判断する」とわざわざ英語で説明したにもかかわらず、ハル長官はそれを「来栖個人の解釈だ」として「役に立たない」と退けてしまった

ソ連コミンテルンによる各国相互戦争謀略

ドイツと日本を暴走させよ。しかしその矛先を祖国ロシアに向けさせてはならない。ドイツの矛先はフランスとイギリスへ、日本の矛先は蒋介石の中国に向けさせよ。そして戦力を消耗したドイツと日本の前には米国を参戦させて立ちはだからせよ。日・独の敗北は必至である。そこでドイツと日本が荒らし回った地域、つまり日独砕氷船が割って歩いた跡と、疲弊した日独両国をそっくり共産陣営に頂くのだ。

昭和10年(1935)の第7回コミンテルン大会におけるスターリン演説『砕氷船のテーゼ』

1945年12月、当時在ソ連大使館参事官だった亀山一二氏が作成したもので、「日米交渉開始前後1カ年くらいの間に(中略)暗号の解読せられ居る疑ある旨の情報あり」との回想が記されているという。

日本の暗号が解読された原因としては、当時、日本の暗号理論と技術が国際的な水準よりもはるかに遅れていたためであり、今後もこうした状況が続くならば、「国際場裡に於ける活動へ絶大なる不利を招くこと必然なり」と警鐘を鳴らしている。

近衛上層文にみる日本の戦争意思決定への共産主義者のコミンテルの影響

抑も満洲事変、支那事変を起し、之を拡大して遂に大東亜戦争にまで導き来れるは、是等軍部一味の意識的計画なりし事今や明瞭なりと存候。満洲事変当時、彼等が事変の目的は国内革新にありと公言せるは、有名なる事実に御座候。支那事変当時も、「事変は永引くがよろし、事変解決せば国内革新はできなくなる」と公言せしは、此の一味の中心人物に御座候。是等軍部内一味の者の革新論の狙ひは、必ずしも共産革命に非ずとするも、これを取巻く一部官僚及び民間有志(之を右翼と云ふも可、左翼と云ふも可なり。所謂右翼は国体の衣を着けたる共産主義なり)は、意識的に共産革命に迄引きずらんとする意図を包蔵し居り、無知単純なる軍人、之に躍らされたりと見て大過なしと存候。
此の事は過去十年間、軍部、官僚、左翼の多方面に亙り交友を有せし不肖が、最近静かに反省して到達したる結論にして、此の結論の鏡にかけて過去十年間の動きを照し見るとき、そこに思ひ当る節々頗る多きを感ずる次第に御座候。

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