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sjapanさん

■オスロで「人間動物園」再現

ノルウェーの首都オスロで15日、異人種を見せ物にした100年前の「人間動物園」が芸術活動として再現された。過去にあった差別の例を示し、議論を喚起するのが狙い。

8月末まで続ける計画だが、「見物して喜ぶのは人種差別主義者だけ」などと批判も浴び、中止を求める運動も起きている。

英紙ガーディアンは「非人間的な見せ物の再現に芸術的価値があるのか」との批判を掲載した。

■企画者「狙い通りだ」

動物園で暮らす有志は人種や国籍を問わず、世界中から公募。スーダン出身のモハメド・アリ・ファドラビさんら2人のアーティストが企画した。

構想したアーティスト2人のうちスーダン出身のモハメド・アリ・ファドラビさんは電話取材に対し、「多くの支援の一方、脅迫も受けている。国際的にも議論を巻き起こし、狙い通りだ」と満足げに語った。

■2011年フランスでも

28日、「作られた未開人(the invention of the savage)」展が開幕した。かつて欧州各国の植民地から連れてこられた先住民たちが、動物のように見せ物にされた歴史と向き合う展示会だ。

■「人間動物園」とは

19世紀から20世紀にかけて、社会進化論や人種差別、進化主義、植民地主義に根ざした、野蛮・未開とされた人間の文化・生態展示を行った。

1914年にはアフリカ系の80人が5カ月間、「コンゴの村」と名付けられた区画に住まわされ、当時のノルウェー人口の3分の2が見物に訪れたとされる。人間動物園は他の欧米諸国でも開かれた。

テュラム氏は、ドイツのハンブルク(Hamburg)で動物園を訪れたときの驚きをAFPに語った。「入り口を入ると、たくさんの動物の像に混ざって、アメリカやアフリカ先住民の像があるんだ。来園者たちが、これから動物だけでなく人間も見るんだとわかるようにね。それが現在でもそのままなんだよ」

■欧州各地に人間動物園があった

1931年、カランブー氏の祖父母を含むニューカレドニアの先住民カナク(Kanak)人たち100人あまりがパリ市内で、「人食い人種」として見せ物にされたのだ。カナク人たちはその後、ドイツでも「展示」された。

20世紀半ばまでアフリカやアジア、オセアニア、アメリカ大陸の先住民は「未開人」と呼ばれ、このことが植民地支配の残虐性を正当化する1つの根拠になっていた。

■特権階級への見せ物に

クリストファー・コロンブス(Christopher Columbus)が米大陸を「発見」した1492年以降にアメリカ先住民がスペインに連れられていったことに始まり18世紀末まで、先住民たちは、時にはエキゾチックな、時には奇怪な生き物としてヨーロッパの特権階級への見せ物にされた。

「作られた未開人」展の学芸員の1人で歴史が専門のパスカル・ブランシャール(Pascal Blanchard)氏によると、1810年から1958年の間に各国の展覧会やサーカス、劇場などで見せ物として「未開人」を見た人は14億人に上ると推計されるという。

サーキ・バートマン

イギリス本国に連れて行かれたバートマンは、臀部の大きい身体的特徴ゆえに大道芸人として見世物にされた。

フランスのパリに移送され死去。
医師ジョルジュ・キュヴィエの医学的関心の対象になり、遺体は解剖された。
解剖された遺体は、ホルマリンの液浸標本にされ、性器と脳の標本が1974年までパリの人類博物館に展示されていた。

この風潮は、19世紀に入って現在の南アフリカの先住民女性サーキ・バートマン(Saartje Baartman)が、「ホッテントットの女神(Hottentot Venus)」としてロンドン(London)やパリで見せ物になったことをきっかけにさらに激しくなった。

「ホッテントット」はコイコイ人の旧称であり、現在では差別用語とされる。

見せ物興行はヨーロッパ各地に加え、米国や日本、オーストラリアでも行われた。これらの国で見せ物となった植民地の先住民は3万5000人あまりとみられ、見せ物となった先住民には対価が支払われたという。

■賛否の声

「動物にエサを与えるな」ジョークを言いたいけれど、これは無理だ。酷すぎる。

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