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大西克己連続身代わり殺人事件まとめ(茨城バラバラ殺人)

1958年7月、警察庁の総合特別手配により、3年前に下関市で養父母を毒殺した大西克己(当時30歳)が検挙された。だがその時大西は「三浦」という名前だった。戸籍を奪う目的でさらに2人の男性を殺害していたのである。

更新日: 2014年07月25日

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win-winさん

1958年7月、警察庁の総合特別手配により、3年前に下関市で養父母を毒殺した大西克己(当時30歳)が検挙された。だがその時大西は「三浦」という名前だった。戸籍を奪う目的でさらに2人の男性を殺害していたのである。

既報

水戸市 千波湖畔で

オイル罐に入った人間の鼻、右手、親指、下腹部の一部などが

発見されたバラバラ事件を捜査中の合同捜査本部では

14日午前9時半から

県警機動隊15名、水戸署員8名が

ボート4隻、鉄舟1隻を狩出して

湖上を捜索する一方

水戸署員 約30名が

同湖畔付近の山林の捜索を行ったところ

午後3時ごろ

オイル罐が到着した対岸の桜川岸の藪のなかから

右手、親指、鼻、下腹部の一部が切取られ

細ヒモで二巻された男の全裸の絞殺死体を発見

身元割出しに全力を挙げている。


http://63164201.at.webry.info/201004/article_31.html

ある無理心中事件

1955年6月2日、「死臭がもれる」という近所の人の通報で、山口県下関市の市営住宅の大西福松さん(60歳)方から、福松さんと妻クマさん(56歳)が死んでいるのが発見された。

「私は父母と相談の上、親子3人心中をいたしました。私は事情があって1日遅れて後を追います。みんな元気で暮らしてください」
 室内には、このような奇妙な遺書が残されていた。 

 福松さん方では、この夫婦の他に長男・克己(当時27歳)とその妻の4人が住んでいた。当時、克己の妻は出産のために国立病院に入院であった。遺書を書いたのは克己とされる。
 近所の人によると、前日の夕方に克己が「両親を連れて岡山に行く」と挨拶回りをしていたが、その夜に付近で1人で歩いている克己を見たのでおかしいという証言があった。

 死体解剖の結果、福松さんとクマさんの青酸中毒死とわかった。

 その後、大西克己は勤務先の酒類販売会社の売上金150万円を奪って逃走したものと判明したが、行方はわからず迷宮入りしかけていた。

http://yabusaka.moo.jp/onishikatsumi.htm

総合特別手配

同年7月9日、警察庁は全国に殺人・強盗事件21件、計26人を総合特別手配した。犯人の写真と犯行の概要を印刷した手配書をあらゆる掲示板に貼ったのである。これは初の試みだった。
 この特別手配により、最初に捕まったのが下関市の養父母殺しで手配されていた自動車運転手・大西克己(当時30歳)であった。


 手配から2日後の11日、福岡刑務所から移送された克己の原紙が発見された。
 これによると、1947年1月に強盗で懲役7年の判決を受け、保釈中の2月にも窃盗の現行犯で懲役1年6ヶ月の判決を受け服役した。そして1951年に仮出所した・・・というものであった。
 
 だが指紋係で指紋番号により新しい原紙と対照してみたところ、こうあった。
「本籍は北海道函館市大縄町。住居:東京都目黒区宮ヶ丘。自動車運転手・三浦某。昭和7年(1932年)9月15日生まれ。1957年12月月、警視庁東調布署に窃盗未遂で検挙される」
 指紋が一致しているのに、写真はまったくの別人であった。調べてみると、三浦という男は実在しており、現住所で自動車運転手として妻(当時26歳)と暮らしているということだった。ここで克己が三浦という人物になりすまして逮捕をまぬがれているという疑いが出てきたのである。

 捜査員は内偵を開始、隣家に住む人に克己の顔写真を見せたところ、「間違いない」と出た。勤務先の社長にも三浦のことを聞いてみたが、1956年に職安を通じて雇い入れ、真面目に働いていたという。

 克己は手配から1週間がたった16日に逮捕された。
 克己が三浦という人物を殺害していたことが推定されたが、遺体が発見されない限り彼の犯行と断定することはできない。このため警察庁では全国の警察から家出人票と身元不明死体票を送らせ、対照を始めた。
 
 このうち、岡山県倉敷署が扱った焼死体があやしいとされた。
 この焼死体は、三浦さんの行方がわからなくなって5日目の1956年2月8日に発見された。上京した三浦さんの兄が、焼け残りのオーバーを弟のものと証言した。

 これにより下関署で養父母殺しを否認していた克己も自供を開始。
 その後、三浦さんとはは別の男性1人も殺害していたことが発覚した。もう1人の男性とは水戸で発見された佐藤さんのことである。


http://yabusaka.moo.jp/onishikatsumi.htm

これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」

大西克己連続身代わり殺人事件とは【バラバラ殺人事件を記録した写真あり】

こちらは1958年(昭和33年)に茨城県水戸で発生したバラバラ殺人事件の捜査に写真家渡部雄吉さんが同行し撮影した記録写真です。警視庁捜査1課のベテラン刑事と、新米刑事の2人組に密着しています。2006年にイギリスの古書のディーラーが、神保町で大量のプリントを発見したことで2011年にフランスの出版社から作品集が刊行され2013年にはroshin booksから日本で作品集が発売されました。生の現場の臨場感がひしひしと伝わってくる素晴らしい写真集です。50年以上も前の光景なのに全く色褪せていません。ベテラン刑事の貫禄が凄いですね。まるで映画のよう。

大西克己連続身代わり殺人事件とは【バラバラ殺人事件を記録した写真あり】

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“【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」” htn.to/rTVjg8 映画みたいだ。ホントに当時の刑事さんってハンチング帽被ってたのか。

56年と変わらない見かけなものもある。線路の高架とか倉庫とか / “【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」” htn.to/NLtNMb

言葉が無くてもすごく伝わってくる。パラパラ映画みたい。 凄い。気迫まで感じる。"@plginrt: 【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」 plginrt-project.com/adb/?p=26447"

かっけぇ…→【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」 plginrt-project.com/adb/?p=26447

グロ系?と思ったら、事件を捜査している刑事さんの写真。映画みたいだ。カッコいい。→【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」 plginrt-project.com/adb/?p=26447

発掘したのは外国人だという… : 【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」 1topi.jp/curator/karibu… #1tp

あらかっこいい。現場と言っても殺人現場じゃなくて張り込み現場ね /【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」 plginrt-project.com/adb/?p=26447

スモッグがイイ雰囲気。 / “【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」” htn.to/GxiNxt

ドラマか映画のスチルかと思った / 【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」 plginrt-project.com/adb/?p=26447

あまりにイイ顔、イイ風景。たまんねえ。 / “【和製フィルムノワール】これが本物の現場の臨場感。昭和33年に起こったバラバラ殺人事件を記録した写真「張り込み日記」” htn.to/rTVjg8

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