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franziskanerさん

銀河英雄伝説とは

『銀河英雄伝説』(ぎんがえいゆうでんせつ)は、田中芳樹によるSF小説。
(中略)
略称は『銀英伝』(ぎんえいでん)。原作はコミックスを含めて総計1500万部突破[1]を記録したロングセラー作品である。1980年代から2009年6月現在までに複数の版で刊行され、その記録を伸ばし続けている。

あらすじ

物語の舞台はいまから数千年後の未来世界。宇宙空間に進出した人類は、ふたつの巨大国家に分かれ、はてしない戦争を続けていた。独裁者ルドルフによって建国された銀河帝国と、民主主義を掲げ帝国に反旗をひるがえした自由惑星同盟である。

 この二国家の抗争は実に150年に及び、両国に甚大な犠牲を生んでいた。そして、宇宙暦8世紀末、停滞しきった歴史は突如として転換点を迎えることになる。

 帝国と同盟、その双方にふたりの天才的な用兵家が登場したのだ。のちに帝位を簒奪することになる「戦争の天才」ラインハルトと、「黒髪の魔術師」と呼ばれる若者ヤン・ウェンリーである。

 ふたりは帝国軍と同盟軍を率い、何度となく激突する。そして、独裁者としてその天才を存分に発揮するラインハルトに対し、民主主義の理念を墨守しようとするヤンは、次第に不利な状況に追い詰められていくのだった。最後に勝つのはどちらなのか? ふたりの英雄を中心に、壮大な物語が幕をあける。

一体どこにそんな魅力が?

この作品の特色は、SF的な設定でありながら、SF的要素が皆無に近いところにある。宇宙人は出て来ない。超能力者も出て来ない。ガンダムもイデオンもナイト・オブ・ゴールドも出て来ない。

 したがって、「SFってむずかしいんでしょ?」というあなたにも問題なく読みこなせるはずである。舞台こそ未来ではあるものの、『銀英伝』はむしろストレートな歴史小説なのだ。

この物語ではあらゆる価値観が相対化されている。主人公であるラインハルトやヤンでさえ、厳しい批判から逃れることは出来ない。完全な正義も、悪もなく、何かを押しつけてくることのない物語。だから読者は自分で考えるしかないのである。

 たとえば、作中のある人物は、ひとを陥れることばかりが得意な卑劣な男のように見えたが、しかし、その死後、匿名で募金を続けていたことがあきらかになる。善にせよ、悪にせよ、一筋縄では行かない、それが『銀英伝』だ。

 この小説は、平和の意味や、民主主義の理念をわかりやすく教えてくれる小説「ではない」。物語こそすべてであり、そこから何を学び取ることも読者に任せられている。まさにエンターテインメントである。

ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラム

ラインハルト・フォン・ローエングラム――
 軍略の天才であり、稀代の戦術家であり、清廉で誇り高く、潔癖であるという点で 類まれな改革者である彼は、天工の彫刻もかくやというほどの至上の美の体現者 でもあった。ラインハルトは恒星のように歴史上に光り輝く存在であり、その周りには 無数の将星が引力に引かれるように集まってくる。

 そして、ヤン・ウェンリー――
 巨視的な歴史家の目を持ち、戦争と民主主義の矛盾、そして善政を敷くラインハルトの 「善」と民衆にとっての正義の意味を誰より知りながら、腐敗した民主共和政治のため に戦い続け、それでも戦えば必ず勝った天才戦術家である。「不敗の魔術師」と呼ばれ る彼の元には「自由・自主・自尊・自律」の気概を持つ「お祭り人間」たちが集う。

ここにアニメのプレイリストが

「腐敗した民主共和政治」V.S「清廉で公正な君主独裁政治」

民主共和政治の同盟と専制政治をとる帝国の話である。

物語は、腐敗した民主共和政治と腐敗した君主専制政治から始まる。

帝国のラインハルトは革命を起こし、帝国を倒し新帝国を建国した。
そして、ラインハルトは清廉で公正な政治体制を実現していく。

清廉で公正な君主独裁政治と腐敗した民主共和政治を比べた時に、民衆にとって良い政治体制であるのは前者であることは間違いない。しかしながら、ヤン・ウェンリーは腐敗をしていたとしても、民衆が自らの責任で自らの政治体制、つまり政治家などを選ぶ権利があることを重要とし、民主共和政治の火が消えぬよう努力し、そのために戦う。

一人一人に魅力があるので名言が多い!

政治の腐敗とは、政治家が賄賂をとることじゃない。それは個人の腐敗であるにすぎない。政治家が賄賂をとってもそれを批判することができない状態を、政治の腐敗というんだ。貴官たちは言論の統制を布告した、それだけでも、貴官たちが帝国の専制政治や同盟の現在の政治を非難する資格はなかったと思わないか

大樹の苗木をみて、それが高くないと笑う愚を犯しているかもしれんのだぞ

エミールよ、それはちがう。名将というものは退くべき時機と逃げる方法とをわきまえた者にのみ与えられる呼称だ。進むことと闘うことしか知らぬ猛獣は、漁師のひきたて役にしかなれぬ

よい上官とは部下の才幹を生かせる人をいうのです。

人間の社会には思想の潮流が二つあるんだ。生命以上の価値が存在する、という説と、生命に優るものはない、という説とだ。人は戦いを始めるとき前者を口実にし、戦いをやめるとき後者を理由にする。

道を切りひらく者とそれを舗装する者とが同一人であらねばならぬこともなかろう。

奪ったにせよ、きずいたにせよ、最初の者は賞賛を受ける資格がある。それは当然だ。 (中略) 
・・・・・・だが、自分の実力や努力によることなく、単に相続によって権力や富や名誉を手に入れた者が、何を主張する権利を持っているというのだ? 奴らには、実力ある者に対して慈悲を乞う道が許されるだけだ。おとなしく歴史の波に消えていくことこそ、唯一の選択だ。血統による王朝などという存在自体がおぞましいと私は思う。権力は一代かぎりのもので、それは譲られるべきものではない、奪われるべきものだ。

人間の行為のなかで、何がもっとも卑劣で恥知らずか。それは、権力を持った人間、権力に媚びを売る人間が、安全な場所に隠れて戦争を賛美し、他人には愛国心や犠牲精神を強制して戦場へ送り出すことです。宇宙を平和にするためには、帝国と無益な戦いをつづけるより、まずその種の悪質な寄生虫を駆除することから始めるべきではありませんか。

とがめているのではない。卿らしからぬ失敗をするよりは、よほどよい。この上は、卿らしい働きで失地を回復せよ。

これでいいでしょう。権力者というものは、一般市民の家が炎上したところで眉ひとつ動かしませんが、政府関係の建物が破壊されると血の気を失うものです。

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