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高島忠夫長男殺害事件とは

高島忠夫長男殺害事件(たかしまただおちょうなんさつがいじけん)は、1964年(昭和39年)8月に発生した殺人事件である。

更新日: 2014年08月29日

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高島忠夫長男殺害事件

高島忠夫長男殺害事件(たかしまただおちょうなんさつがいじけん)は、1964年(昭和39年)8月に発生した殺人事件である。

高島 忠夫(たかしま ただお、男性、1930年7月27日 - )は、日本のタレント・俳優・司会者である。本名は高嶋忠夫(読み同じ)。所属事務所は東宝芸能。

寿美 花代(すみ はなよ、1932年〈昭和7年〉2月6日 - )は、兵庫県西宮市出身の女優、タレント。宝塚歌劇団の元星組男役トップスター。
血液型はAB型。東宝芸能所属。本名:高嶋 節子(たかしま せつこ、旧姓:松平)。宝塚歌劇団時代の愛称は旧姓からマッちゃん。

1964(昭和39)2:00過ぎ、東京・世田谷区の俳優・高島忠夫(34)方で、看護婦と一緒に寝ていた長男・道夫ちゃん(生後5ヶ月)の姿が見えなくなった。異常に気づいたのはお手伝いのA子(17)で、「変な物音がした」、「工員風の男を見た」と言っていたため、夫人・花代さん(32)は110番通報、念の為に調べた浴槽の中から道夫ちゃんの遺体を発見した。まもなく、A子が道夫ちゃん殺害を自供した。

A子は新潟・佐渡島出身。農家の4人姉妹の末っ子だった。高校受験に失敗し上京、墨田区の「三和科学」に女工として就職したのだが、高島家でお手伝いを探していると偶然知り合いから聞かされたため、すぐに退職した。
1963(昭和38)年7月、晴れて憧れの世界、芸能界で活躍する高島忠夫宅で働くことになったA子は道夫ちゃんをとてもかわいがっていたという。A子自身もまだ幼い年齢ということもあって、高島夫妻にはかわいがられていた。
しかし、A子には悪い癖がつき始める。夫人の豪華なアクセサリーなどを身近に見ているうちに、それを盗むようになったのである。4月にはお客のハンドバッグから1万円をくすねた。この件で忠夫はA子を辞めさせようとしたが、反省していたようなので許すことにした。

そのうち高島家では看護婦・X子さん(29)が雇われた。道夫ちゃん専属の看護婦で、大学病院で勤務経験があり、給与はA子の3倍はもらっていた。A子は自然とX子さんを意識するようになった。
A子の方は忠夫氏の付き人を任されるようになり、一緒に舞台の仕事に出かけるようになった。そしてA子に代わって、新たに家政婦・Y子さん(69)が雇われた。
忠夫氏の舞台が終わると、A子はお手伝いに戻ることになったのだが、その頃にはY子さんが家のことを取しきるようになっていた。

事件の数日前、A子は風邪をひいていた。夫人に道夫には近づかないように」と言われたのだが、A子はこれをX子さんの忠告によるものだと思いこんだ。
また夫妻は8月28日から海外に旅立ち1ヶ月は戻らない予定だった。夫人はX子さんには「お土産買ってくるからね」と言っていたが、自分には言ってもらえなかったため、不満がつのり始める。

事件の日の深夜、X子さんの部屋から道夫ちゃんの声が聞こえた。部屋では道夫ちゃんが目を覚ましており、しばらくはあやしていたが、A子は道夫ちゃんを抱きかかえると、風呂場に連れて行った。服を着たまま湯船につけられた道夫ちゃんははしゃいでいた。そんな道夫ちゃんを見て、A子は思った。
「この子さえいなければ、X子が大切にされることもなくなり、自分も以前のように高島夫妻にかわいがられる」
17歳の少女は、そのまま道夫ちゃんを沈めて蓋を閉め殺害した。


1965(昭和40)年6月、東京地裁はA子に懲役3年~5年の不定期刑を言い渡した。

http://16.xmbs.jp/ch.php?ID=ryuhpms45&c_num=155208

動機

Y子は犯行動機に関して、「道夫ちゃんが生まれる前は、自分は高島夫妻から大変可愛いがられ大事にされた。が、道夫ちゃんが誕生すると道夫ちゃんの面倒を見る看護婦(当時29歳)が高島家に来るようになり、高島夫妻は自分を軽んじているように思い込んだ。そこで、道夫ちゃんが居なくなれば看護婦も高島家に来なくなると思い浴槽に沈めて殺害した」ことを自供した。

犯行当日も高島夫妻は渡米前で、この看護婦に「お土産をどっさり買ってくるからね」と声をかけているのに自分には何も言ってくれなかった。そこで、失地回復への焦りと゛ねたみ゛から犯行におよんだ。Y子は計画的で、偽装工作に怪しい男をデッチ上げ、これまでに数回、近くの交番に警戒の依頼をしていた。高島夫妻のショックと落胆は言うまでも無い。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312106833

高島忠夫夫妻 長男殺害事件を語る 寿美花代「今もお風呂は入れない…」

俳優の高島忠夫が5年ぶりにテレビ出演することでも話題を集めていたフジテレビ系
「独占密着!真実の高島ファミリー『忠夫さん、死ぬまで一緒やで』~寿美花代 
献身愛で闘う夫の病~」が18日、放送され、49年前の長男殺害事件など、
封印されていた事実が改めて明らかにされた。

高島の妻で女優の寿美花代が、自らの口で明かした。
夫妻の第1子となる長男・道夫ちゃんが生後5カ月で殺害されたのは、
1964年(昭和38年)8月24日。住み込みで働いていたお手伝いの
少女(当時17歳)が風呂に沈めて殺害したのだった。

寿美はこの時を振り返り、「夜中に、道夫がどこでもいない、ってことになって、
探し回った。一番最後にお風呂を…フタを明けたら、道夫がいた…。
(道夫の周りに)泡がいっぱい出てて…。夜中2時すぎぐらいで、
あちこち病院行ったけど、どこも受け入れてくれなくて。やっと1軒
受けてくれた時には…」と声を震わせた。

出産後も女優業を続けていた寿美は、夜はお手伝いの少女に
子守りを頼んでいた。今も、手帳の奥に道夫ちゃんの写真を
しのばせている寿美は、「私が一緒に寝てやらんかったから…。
忠夫にそっくりでね…。なんで殺されなあかんかったのか、
分からないんですけど…」と涙ぐみながら、胸の内を吐露。
「いまだに、お風呂っていうとシャワーしか浴びれない…」と
事件から49年たった今も苦しみ続けていることを明かした。

また、事件後には、赤ちゃんの泣き声や、「ママー、苦しいよ」という
いたずら電話が頻繁にかかってきて、さらに苦しめられたという。

同番組は芸能界きってのおしどり夫婦といわれた高島夫妻に密着したドキュメンタリー。
高島は98年頃からうつ病を発症。糖尿病、パーキンソン症候群、
さらに、2010年には不整脈で心臓にペースメーカーを付ける
大手術を受けたことも明かされている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130618-00000051-dal-ent

高島忠夫長男殺害事件とは

髙嶋 政宏(たかしま まさひろ、1965年10月29日 - )は、日本の俳優である。東京都出身。

高嶋 政伸(たかしま まさのぶ、1966年10月27日 - )は、日本の俳優である。東京都出身。東宝エンターテインメント所属。

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