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ドログバはコートジボワール内戦を終焉!平和を願うその政治力とは。

平和の使者として国民から賞賛されるドログバ。サッカーを通じて内戦終結をもたらしたその手腕も注目。

更新日: 2017年12月03日

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kaizinさん

コートジボワールは、反乱軍によるクーデターが失敗に終わった2002年以降、国が真っ二つに分かれていた。ロベール・ゲイ前大統領が裏で操る反乱軍が北部を、ロラン・バグボ現大統領が指揮を執る政府軍が首都アビジャンを中心とした南部を、それぞれ支配し、内戦を繰り広げていた。

2005年10月のW杯予選スーダン戦の後には、ロッカールームにカメラマンを呼び入れて、選手全員で膝まずき「北も南も、西も中央もない。コートジボワールはひとつです。この豊かな国を、戦争の犠牲にしてはいけない。武器を置いて、心をひとつにしよう!」と語りかけた。

そこで立ち上がったのが、イングランドのチェルシーに所属するコートジボワール代表FW、ディディエ・ドログバだった。停戦協定が結ばれたのと同じ3月、CAF(アフリカ・サッカー連盟)から06年のアフリカ最優秀選手に選出されたドログバは、受賞会見の席でこうコメントしたのである。「内戦で最も傷付き、悲しい想いをしたブアケ(反乱軍の拠点となった街)の人達に、代表チームの試合をプレゼントしたい」

そんな「英雄」ドログバだけに、マダガスカル戦の翌日、彼がアビジャンのヨプゴン地区にある実家に立ち寄った時は、大変な騒ぎとなった。どこから情報が漏れたのか、1万人近い人達がドログバ見たさに彼の実家を囲んでしまったのだ。そのためドログバは、質素な家の2階のベランダに立ち、まるでバチカン市国のサンピエトロ広場でローマ法王がするように、ファンに向かって手を振らなければならなかった。

カメラに向かってドログバは、「コートジボワール市民の皆さん、北部出身の、南部の、中部の、そして西部出身の皆さん、私たちはこうやってひざまずき皆さんに懇願します。許し合ってください。コートジボワールほどの偉大な国がいつまでも混乱し続けるわけにはいきません。武器を置いて、選挙を実施してください。そうすれば全てが良くなります」と訴えた。そして(もちろんこれだけが理由ではありませんが)これが大きなきっかけとなって、1週間以内に戦闘が止まったのです。

内乱は、大別するなら南北に分かれての争いだが、北部を占めるイスラム教徒と、南部に多いキリスト教徒間の争いでもあった。

 しかしサッカーの代表チームには、イスラム教徒もいればキリスト教徒もいる。トゥーレ兄弟は北部の出身、ドログバやカルーは南部の出だ。彼らが一致団結して戦う姿を国民一人ひとりが自分たちになぞらえて「結束」を思い起こしてほしい

ドログバ関連

ドログバのダンス

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