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サッカー日本代表のマークの3本足の黒い鳥って何者?

ブラジルワールドカップも開催間近ですね。サッカー日本代表選手の胸のエンブレムの3本足の黒い鳥は八咫烏(ヤタガラス)というそうです。

更新日: 2014年06月01日

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日本代表選手たちの左胸に注目してほしい

日本代表ユニフォームの胸に付いている黒い鳥は、三本足の烏(カラス)で、1931年に制定されたJFA(日本サッカー協会)のシンボルマークです

80年以上前に考案され使い続けられている歴史あるシンボルです。

サッカー日本代表の公式ユニフォームのエンブレムとして採用されたのは、1987年から

八咫烏(ヤタガラス)という日本神話にも登場するカラス

八咫烏(やたがらす)は、日本神話において、神武東征の際に、高皇産霊尊によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされるカラス(烏)である

ヤタガラスの伝説は大変古く、「古事記」「日本書紀」に書かれています

更にルーツをたどると、中国の古典「淮南子(えなんじ)」に、太陽の中に住むという三本足の烏の話があります。

一般的に3本足のカラスとして知られ古くよりその姿絵が伝わっている

八咫烏の「咫」は長さの単位で、それ1字では「あた」と読み、「八咫(やあた→やた)」では「大きな」という意味になります

八百万(やおよろず)の八と同じで、八には「たくさん」という意味があります。「咫(あた)」は約18cmです。18cmxたくさん=すごくでかいカラスというのが八咫烏の字義です。

ヤタガラスは太陽を象徴し、熊野の神の使いとされる

和歌山県の熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)では3本足のヤタガラスが神の使いとして境内の随所で見つけることができます。

東から太陽が昇り西に沈むのは、太陽の中で八咫烏が飛び続け、太陽を運んでいるからとか、三本足の烏は太陽の化身だとか、太陽に住んでいるとする神話もあるそうです。烏を太陽の化身として信仰する国は多く、太陽の黒点はカラスだという考えられていたそうです。

現代では、日本サッカー協会のシンボルマークの意匠として用いられている事で知られている

神話上の八咫烏の伝説

『日本書紀』によると、日向にいたとき、東の方に都をつくるのによい土地があると聞いて「東征」の旅に出る

日本の初代天皇の神武天皇はまだ治めていない東方(近畿地方の大和国)に都を作ると宣言し、九州から侵略の旅に出ました。

大和に向かおうとしましたが、大和の豪族のナガスネビコの迎撃にあい、イツセノミコトが矢傷を負い、撤退

最短ルート(東)で大和へ行こうとしましたが、豪族の長の長髄彦(ながすねひこ)らの激しい抵抗にあい、さらに総大将である神武天皇の兄の五瀬命が負傷したことで撤退。失敗に終わります。

神武はこの敗戦を、太陽女神アマテラスの子孫であるにもかかわらず太陽に向かって戦ったためと考え、紀伊半島を南に迂回して熊野から北上して大和に侵入することを目指します

失敗した理由を「日の神の子が太陽の昇る東に向かったから」と考え、南にある熊野国から北上するルートに進路変更しました。

「天つ神の御子、ここより奥の方には入りなさるな。荒ぶる神がたいそう多くいる。いま、天より八咫烏(ヤタガラス)を遣わそう。その八咫烏がお前を導くだろう。その案内する後からお行きなさい。」とおっしゃった

厳しい熊野の山々の中で神武天皇の軍勢は道に迷ってしまいました。そこで天から道案内のために遣わされたのが八咫烏です。

高木神が遣わした八咫烏の先導により、熊野川をさかのぼり、山中を迷うことなく無事吉野<奈良県南部>に至り、そこから宇陀(うだ)<奈良県中東部>へと進みます。そして、さまざまな戦いを経てついに太陽を背にして、宿敵であるナガスネビコと相まみえました

長髄彦を殺し、神武天皇は天皇に即位しました。即位2年目に東征成功の功労者のヤタガラスを「幸を運ぶ鳥」と褒めたたえました。

この神話から日本を勝利に導くシンボルとして採用された?

1931年、日本サッカー協会は、ヤタガラスを協会のシンボルとしました

サッカー協会の創設に尽力した内野台嶺らの発案を基に、日名子実三がデザインしたものです。

なぜ、理事会でヤタガラスがシンボルに選ばれたかは、実のところ良くわかっていないらしい

日本に初めて近代サッカーを紹介した中村覚之助(内野台嶺の東京高等師範学校の先輩でもある)に敬意を表し、出身地である那智勝浦町にある熊野那智大社の八咫烏を元にしたもの

一説にはこう言われています。

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