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四條司家 包丁式の四條隆彦ってどんな人?

包丁式の家元 包丁式の四條隆彦ってどんな人?

更新日: 2014年06月03日

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四條隆彦とは?

四條流四十一代當代 四條隆彦(しじょう たかひこ)

四條家の歴史は四條中納言藤原朝臣山蔭卿<824-888>を祖とし1200年の歴史があり元侯爵の四條家は、藤原氏北家魚名流に属します。

隆彦の父、第四十代当主隆貞卿は昭和二十九年、初めて天皇陛下に相撲をお見せになり、今日の展覧相撲のきっかけを つくった人です。また、政治経済界の相談役として活躍し、故佐藤首相とは大変懇意でした。奥様の淑子夫人は、香道 、御家流の宗家三條西公正氏の長女で、皇太后様の姪にあたります。

第四十一代当主隆彦は、 全国日本調理技能士名誉会長、四條司家料理故實御調所所長を任じて、日本料理の発展、故実の伝承の為、日夜、研鑽しています。

1960(昭和35)年ごろ、皇太子と美智子妃の御結婚を祝う御親戚の会で。
中列左から7人目が美智子妃、右隣が皇后。右から4人目が隆彦卿の母、淑子氏。
後列左から6人目が父、第四十代当主隆貞卿、 一人おいて皇太子。
前列左端が第四十一代当主隆彦卿。

四條司家 包丁式とは?

庖丁儀式
四条流の庖丁儀式とされる、巧みな庖丁さばきによる荘厳な技術披露が現在でも継承され、行われている。藤原山蔭が鯉をさばいて以来の伝統と言われる技法を烏帽子・直垂をまとった姿で再現し、庖丁と真魚箸(まなばし)のみを用いて、鯉・鯛・鰹などの素材に一切手を触れることなくさばいていくもので、各地の神事などで奉納されることがある。

平安初期、第五十八代光孝天皇は料理に造詣深くあらせられ、自ら庖丁をとられて数々の宮中行事を再興されました。 四條家に深い御縁のある天皇であられるので若き頃から料理を作ったり味わったりなさるお相手に同じ趣味をもつ山蔭卿を お選びになりました。
 山蔭卿は、天皇のお考えに従い、且つ自己の工夫も加えて、そこに平安料理道の基礎路線を確立しました。それが四條流庖丁、料理道の根源です。 しかし山蔭卿は宮中の料理法を教えましたが、一般臣下に利用できる料理の普及と指導に重点を置いたのです。
 そして、その頂点に庖丁儀式があります。足利時代の四條庖丁書に依れば、式庖丁は山蔭卿が鯉を庖丁したところから始まります。 室町時代になると、四條流から四條園流、四條家園部流、武家料理を専門とする大草流、生間流、進士流等の流派が出ましたが 、これらはすべて山蔭卿の流れを汲むものであり、四條家からは多くの庖丁名人が出ました。
 そして、天皇家の料理から臣下の料理までを司る家として、司家の名称を頂きました。

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