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元XJAPAN沢田泰司(TAIJI)のロックすぎる生涯

ー元JAPAN・沢田泰司(TAIJI)の波乱万丈な人生をたどるー

更新日: 2017年01月29日

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romonさん

X加入まで

1966年、千葉県市川市に生まれる。

2歳の時、親が経営する工場の機械に手を突っ込み、右手中指の第一関節から上を切断した。

10歳の頃にアコースティックギターを始めるが、中学生の頃に両親が離婚した事がきっかけでグレ始める。

中学3年までに喧嘩、バイク、シンナー、女性との性行為の類はやったとの事。

Xの音楽性が自分に合わず加入するつもりはなかったが、YOSHIKIの熱心な誘いを受けるうちに「この人となら音楽以外の何かでもできそうだ」と感じ、沢田の推薦するギタリストと交代させることを条件にXに加入することになったと語っている。
(wikiより)

転落していく人生

1992年の東京ドーム公演を最後にXを脱退。

Xからの公式な発表では音楽性とファッションの違いとされていたが、沢田自身は自伝の中で「自分がバンド内での収入格差に文句を言ったのとYOSHIKIのドラムプレイに対して平気でダメ出しをする様になり、彼との間に軋轢が生じたからではないか」と述べている。一方、YOSHIKIは自伝『佳樹』の中で「TAIJIのベースはXに必要だったが、TAIJIが自分との約束をいとも簡単に破ったこと」を原因として挙げている。
(wikiより)

同年、憧れの存在であったLOUDNESSに加入。

LOUDNESS…日本を代表するヘヴィメタルバンド。ヘヴィメタル界のみならず、後のヴィジュアル系バンドやアニメソング界にも大きな影響を与えた。

アルバム1枚で脱退。 その後はD.T.R.結成や様々なセッションに参加する。

LOUDNESSは契約上のトラブルで解散状態になっていた。

しかし、上手く軌道しないまま一気に転落していく。

経済的な理由で妻とは離婚。以降約2年に渡って放浪生活を送る。倉庫などに寝泊りしており、喧嘩の際に角材で前歯を折られるなどの被害に遭う。

1998年のHIDEの訃報の際には自身の生活もままならない中で葬儀に駆けつけた。

ボロボロになった沢田の姿を見たYOSHIKIは沢田に200万を差し出し、そのまま入院した。

再出発 しかし…

hideの葬儀に参列し、その有様を目の当たりにしたYOSHIKIらの支援もあって、音楽活動を再開。

Cloud Nine、音風、再びD.T.R.で活躍。音風では、実妹のボーカリスト、Sister MAYOことMASAYOとともに活動した。

2005年、バイク事故を起こし足の靭帯を切断するほどの大怪我を負う。

手術費用工面のため、自身のベースをインターネットオークションに出品。

2010年、「X JAPAN WORLD TOUR Live in YOKOHAMA 超強行突破 七転八起 〜世界に向かって〜」に緊急参戦。1992年の東京ドーム3days,「破滅に向かって」以来約18年ぶりに旧友であるX JAPANのメンバーと共演。
(wikiより)

2008年、持病のてんかん・脳梗塞が悪化、左足大腿骨頭壊死による人工股関節が外れ緊急手術。

歩行困難となり、転倒事故で胸と喉を強打し入院した。

更に2009年、自身のバンドが解散。原因としてスタッフがバンドの利益を横領した事が原因とブログで報告。

2010年1月、自身のバンドであるTAIJI with HEAVEN'Sを本格始動。

壮絶な最期

2011年7月11日、サイパンへ向かう機内での暴行の為現地で勾留。

拘留先において、ベッドのシーツで首を吊って自殺を図り、病院の集中治療室で治療を受けていたが、意識不明が続いていた。

脳死状態に陥った事から、婚約者と家族が現地入りし対面した後、家族の同意を得て人工呼吸器など延命機器が外され死去した。45歳没。

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