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otu153さん

初コンサートから投げやり…。

関ジャニ8としての初コンサートは大阪松竹座。(座席数は1033席)

知名度のなさから当初は人気が伸び悩み、約1000人収容の大阪松竹座に於いて客席はガラガラの状態であった。チケットを初めて完売できたのは、大阪松竹座での舞台がスタートして3年目のことだった。

バレーボールワールドカップのイメージキャラクターになれなかった

V6(1995年[注 3])・嵐(1999年)・NEWS(2003年)・Hey! Say! JUMP(2007年)・NYCboys(2009年のワールドグランプリ)・Sexy Zone(2011年)と、ジャニーズ事務所が大会に合わせてデビューさせる新人アイドルグループが中継番組のテーマソングを歌うのが慣習になっている。

関ジャニ8から錦戸亮、内博貴の2名を引き抜き『NEWS』を結成させ、バレーボールワールドカップ2003のイメージキャラクターに就任させる。

デビュー会見が酷い

結成からおよそ2年後にCDデビューをはたすも、発売地域はメンバーの出身地である関西限定。デビュー記者会見は、レコード会社の屋上という質素なものだった。

テイチク本社のビルは6階建なのですが、後ろに写っている木が大き過ぎるのではないかと疑問を持ち調べてみましたら、テイチクのビルには屋上以外にバルコニーの様な小さな場所を発見しました。
屋上にさえ上げてもらえてなかった?

出典ameblo.jp

ハワイ州ホノルル沖のクルーズ客船内でデビュー会見が開かれた。
大々的にデビューしたが、人気が出るのにはかなり時間がかかった。

デビュー曲はジャニーズとしては異例のタイアップ無し

三枚目のトリプルA面シングル『好きやねん、大阪。』がハウス食品「好きやねん」CMソングに(関西限定)、桜援歌(Oh!ENKA)がテレビアニメ『忍たま乱太郎』第17代目エンディングテーマなるまでタイアップは無かった。

バレーボールワールドカップにあわせてデビューしたグループではないSMAP、TOKIO、タッキー&翼などにもデビュー曲にはタイアップがついていた。(カップリング曲を含める)

ちなみに、KinKi KidsはCDデビュー前から『Kissからはじまるミステリー』など数曲にタイアップがついていた。

PV撮影も酷い

デビュー時にPV撮影が行われた場所は白い壁と白い床の“白ホリ”と呼ばれる安易なセットだった。撮影所に設置された冷蔵庫から飲み物を選ぼうとすると、「ストップ! 腐ってるからダメ」と注意されたという。

「デビューの際のプロモーション撮影の日に、ジュース飲もうと思ったら賞味期限が5年くらい切れてた」ことや、「そんな待遇なのに、5分くらい遅刻しただけでテイチクのスタッフから激怒された」

かなり根に持っている様で、テイチクはハゲ散らかしたジジイばっかりだったとキスマイにぼやいたりした事も。

またセカンドシングル「大阪レイニーブルース」のPV撮影ではメンバーが集まらないからと4人だけで撮影した。しかも晴れた日に大阪の街を傘をさして歩いたのである。

横山裕、丸山隆平、安田章大、大倉忠義の4名しか集まらず、撮影したが結局お蔵入りとなった。

「『大阪レイニーブルース』のCDについた傘は、書かれた関ジャニ∞って文字が雨にぬれると消える! 信じられへん」

関係者に配る用のCDでしょうか?
特典はステッカーだったはずですが(謎

お蔵入りになった『大阪レイニーブルース』のPV

コンサートも酷い

「床はタキツバのセット。バックはTOKIOのセットの借り物でしたからね」と村上が明かした。

関ジャニ∞サマースペシャル2005<前夜祭>の事でしょうか?

ライブのオープニングでは彼らのデビュー曲「浪花いろは節」をドラムの大倉忠義が和太鼓を打ち鳴らしながら始まる設定だった。ところがスタッフが“太鼓のバチ”を忘れてしまい太鼓の前で構える大倉に、ステージ下から「ゴメン! バチ忘れた!」と伝えたのである。

バチが無い大倉は素手で叩くしかなかった。

事務所が構ってくれない

下積み時代はマネジャーの同行なしに関西から新幹線の自由席で移動するなど、ジャニーズアイドルとしては不遇な扱いを受けていた。

「いつまでも『ジュニア、ジュニア』って呼ばれるのもなんやし、KAT-TUNとか後輩も名前がついたし」と村上信五が思い立ち、ジャニー喜多川社長に“かっこいい”グループ名をつけて欲しいと頼んだのがきっかけだ。

自分から頼まないとグループ名をつけてもらえなかった。

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