1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

romonさん

怪物誕生

1969年生まれ

193 cm 108 kg

沖縄県コザ市(現:沖縄市)生まれ
兵庫県尼崎市育ち

沖縄県宮古島生まれ。 アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフ。のちに両親の離婚により、兵庫県尼崎市へ移住。

尼崎で少年時代を過ごし、野球の才能を認められ、香川尽誠学園にスカウトされる。

1学年下に在籍した佐伯貴弘は「(87年夏の甲子園出場経験は)伊良部さんに連れて行ってもらったようなもの」とコメントしている

日本最強投手へ成長

1年目から1軍のマウンドを経験
村田兆治、前田幸長らとともにチームの弱小投手陣を支えた

球速はめっぽう速かったが、コントロールが悪くカウントを悪くしては棒ダマを打たれるなど入団後数年は試練の時が続いた。

1993年、清原和博と対戦した際の球速158km/hは、日本人投手が日本国内の球場設置のスピードガンで計測したものとしては当時最速のものであった。

清原和博との対決は「平成の名勝負」とうたわれた

94年は先発ローテーションに固定され、27試合に登板し、207回1/3を投げ、15勝(10敗)、防御率3.04の好成績を挙げ、7年目で大器の花を咲かせた。

伊良部は二年連続で最優秀防御率を記録するなど球界を代表する投手になっていた。

問題児

高校時代から悪童で知られ、ロッテ時代からメジャー時代まで、激しやすい性格で何かとトラブルを起こした。

降板指令に怒ってグローブと帽子をスタンドに投げ入れたこともあった。

ブーイング中のファンに向けてツバを吐いたりもした

2008年夏には大阪でバーの店長を暴行した罪に問われ、現行犯逮捕。起訴処分となった。 2010年にはアメリカで飲酒運転の疑いで逮捕。

仲間が語る本当の姿

しかし、同じチームでプレーした選手仲間は「心優しいいい人だった」と証言している。

ロッテ時代の先輩投手・牛島和彦
「凄くシャイでデリケートな男。誤解されやすかったが、私にはそんなことはなかった。野球に熱く、とことん突き詰めていく。一生懸命に取り組んでいた」

かつてのライバル・イチロー
「振る舞いが独特な方でしたが、それと内面が比例していない印象でした。まったく裏腹な内面の細やかさを持っていた」

友人の吉井理人
「寂しがりやのくせに強がりで、でも、やさしくて繊細な心を持った笑顔がキュートな男」

理論派

ロッテ時代の先輩であった牛島和彦も「投球フォームの腕を上げる高さから足を下ろす位置、それによる球の軌道までをミリ単位といえる細やかさで考えているのが伊良部という投手」と語っている。

1 2