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【1999年】神奈川県山北町・玄倉川水難事故(DQNの川流れ)まとめ

1999年8月14日、神奈川県山北町の玄倉川(くろくらがわ)の中州でキャンプをしていた廃棄物処理業者・富士繁の社員、子供6人を含むその家族、さらに社員の婚約者・女友達を含む18人が、大雨による増水によって流され13名が死亡した痛ましい事故のまとめ。

更新日: 2014年06月10日

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この記事は私がまとめました

YUKACHIさん

-玄倉川水難事故(DQNの川流れ)とは?

1999年8月13日から神奈川県山北町を流れる玄倉川の中州でキャンプをしていた横浜市内の廃棄物処理業者・富士繁の社員、子供6人を含むその家族、さらに社員の婚約者・女友達を含む18人が、大雨による増水によって流され、社員5名と妻2名、1歳から9歳の子供4名、社員が連れてきた女性2名の13名が死亡した。

-キャンプ地として人気だった玄倉川

玄倉川の水難事故が発生した地点は車の乗り入れが禁止されてはいるが,実際には多くのキャンパーが車で来訪しており、かなりの人気キャンプサイトだった

写真からは傾斜の少ない地形がキャンプの適地にもみえるが、豪雨の際は水没する。

-1999年8月13日15時ごろ 降水がはじまる

この日は神奈川県全土に大雨洪水警報が発令されおり、ダムの管理人・地元警察・地元住民が川の中州にキャンプをしていた行楽客に注意を促し、大半のグループは待避をした

玄倉川の上流には玄倉ダムという発電用のダムがあり、貯水率に乏しく大雨が降るとすぐに満水になりダムの水を放流する。その時にサイレンを流し注意を呼び掛けてる…。

13日19時45分ごろ 事故現場の5km上流の玄倉ダムが放流のサイレンを鳴らす。
13日19時50分ごろ 玄倉ダムの職員がキャンプ客に警告。
13日20時20分 玄倉ダム放流開始。
13日21時10分 ダム職員と警官が再度警告。3名のキャンプ客が中州から岸へ退避。
13日22時30分ごろ 警官が再度警告。
14日5時35分 大雨洪水警報発令。
14日6時ごろ 岸に退避したキャンプ客が中州のテントへ呼びかけるが反応なし。

-鼻で笑って取り合わなかった18人

雨のため玄倉ダムの流入水量が上昇、ダムの担当者が玄倉川ぞいのキャンパーに注意を呼びかけ,またサイレンを鳴動させた。14日8時頃から急激に水量が増加し,玄倉ダムは本格的に放流を開始。また、警官も巡回している。

しかし事故現場の21名のうち18名だけは,警官の警告にも従わず立ち去らなかった。

一行は鼻で笑って「殴るぞ」「失せろ」等と言って取り合わない

リーダー格が「放っておいて。楽しんでんだよ」と放言したのを皮切りに「地元の人は臆病」「見張りを置くから平気」「田舎人は他人のプライバシーを侵すのが趣味ね」などとの声が広がった

-1999年8月14日 8時30分ごろ 水深が1m程度になり中洲が水没

14日6時35分 玄倉ダムが本格的に放流を開始。
14日7時30分ごろ 警官が巡回。
14日8時04分 消防へ119番通報。

▼8月14日8時30分頃
水位は100cm(普段より85cm程度高い)に達していた。この時点ですでにキャンプ地の両側に強い流れが出来ており、18名はどちらの岸にも戻れなくなっていた

岸で見ていた人たちの証言によると彼らは8:00直前まで寝ていた。 テント内に濁流が押し寄せてきて慌てて外に出てやっとその状況を理解する。 中州水没の直前まで寝ていた彼らが起きた頃にはすでに水嵩も流れも絶望的な状況に。川幅も広がって岸まではるか遠くなっていた。

18人は中州に取り残され河床の一番高い部分にて濁流に耐えていた。

-レスキュー隊員に「早く助けろ」「お前らの仕事だろ」

強風でヘリが出せず、付近から400名以上の救助隊員が出動する。が、レスキュー隊員がどうにかして救出を試みようと試行錯誤してる最中に中洲の一行は救助隊に「ヘリを出せ」「早く助けろ」「お前らの仕事だろ」等の暴言を吐き続ける。

14日9時07分 警察、消防の救助チームが到着。徒歩で救助を試みるが激しい水流のため渡れずに終わる。
14日10時10分 救助ヘリコプターの出動が要請されるが、天候悪化のため飛行不能。
14日10時30分ごろより対岸に救助用ロープの発射を試みるが、水圧と流木のため固定できなかった。

-1999年8月14日11時38分

▼8月14日11時38分
多くの人が見守る前で18人は力尽きて流されたのであった。

レスキュー隊員の努力も空しくこの中州に取り残された18人は
濁流に飲まれ流されてしまった

激しい流れになすすべのない救助隊の目の前で、大人も子供も次々に流されていった

それはまるで水洗便所に流されるかのようであったという。

この玄倉川水難事故は、ほぼリアルタイムで全国に報道された

-流された彼らの先には

堰堤は海外ではローヘッドダムと呼ばれ、アメリカでは「溺死者製造機」の別名も持っている、

「堰堤というのは滝や瀬以上に厄介なもので 均一に水が下流に流れ落ちる為、横一線にバックウォッシュ(逆流)が出来 落ちた水が回転し続けています。下流側へ押し出す流れへうまく乗れなければ一生、水中を回転し続けることになります 。わずか1m~2m程度の堰堤で、ライフジャケットをつけたカヤック乗りが何人も命を落としているという事実があります

ましてやライフジャケットをつけない人間が、15mの堰堤から落ちたら、まず全身の骨がただじゃあすまないでしょうし、もし無事であったとしても、バックウォッシュにまかれ続けます」

-そして

その後、1歳の子供が岸のそばに流れ着いたところを救助される。また大人3名、子供1名が対岸に流れ着く。 しかし…。

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