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プルシェンコの奥さん「ヤナ」氏は一体何者?実は・・・

「皇帝」という異名を持つプルシェンコ氏。ロシア国内では彼の奥様に対して"別の意味で"高い注目が集まっています。その理由についてまとめてみました。

更新日: 2019年03月03日

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kcookingkさん

本名:Евгений Викторович Плющенко
生年月日:1982年11月3日
身長:178cm
出身地:Khabarovsk Krai/Солнечный
(ハバロフスキー・ソールニェチュヌーイ)
 ハバロフスク地方・ソルネチヌイ
公式サイト:http://evgeni-plushenko.com/

9割が日本車です。
プルシェンコ氏もトヨタのフラッグシップモデル「クラウン」を知らないはずがありません。

ロシアのナンバープレートは右側に登録本拠地が入ります。
ハバロフスク地方は「27」となり首都モスクワは「77, 97, 99, 177, 197, 199, 777, 799」のいずれかになります。

プルシェンコ氏の経歴など

ロシア人名愛称ではジェーニャ。

ロシアの男性元フィギュアスケート選手(男子シングル)。
・2006年トリノオリンピック金メダリスト。
・2002年ソルトレイクシティオリンピック及び2010年バンクーバーオリンピック
銀メダリスト。
・2014年ソチオリンピック団体戦金メダリスト。
・世界選手権優勝3回
・欧州選手権優勝7回
・グランプリファイナル優勝4回。
・グランプリシリーズ通算22勝。
・ロシア連邦功労スポーツマスター。

モータースポーツが大好き

かなりのスピード狂

車はアウディR8をはじめ数台保有。バイクはヤマハ・YZF-R6やBMW・S1000RR等を所有、
かねてより危険なのでやめるようコーチから注意を受けても手放さなかった。かなりの
スピード狂で車でもバイクでも200数十キロ以上出して走ると度々発言している。

クルマ好きであれば1度は所有したいスーパーカー
R8。プルシェンコ氏もやはり所有していた。

世界のヤマハ。他、ホンダ・スズキ・カワサキ
など日本のバイクもお気に入りとのこと。

BMWはクルマもバイクも両方所有。
筋金入りのクルマ・バイク好きです。

現在のプルシェンコ氏の妻

生年月日:1975年1月2日
出身地:モスクワ
学歴:アルタイ国立医科大学卒業

大学卒業後

医療ではなく、ビジネスを始めることにした。1998年にビューティー・サロンを開設。
2002年に世界的な有名ブランド「フランク・プロボー」の、ロシア国内での排他的
経営権を手に入れる。

ファッション界へ

2003年にブティック・チェーンを開業。これ以降、ファッション界への関心を強める。
ヨーロッパの有名デザイナーと知り合いになったり、ファッション・ショーにモデルとして
登場したりしている。

歌手もプロデュース

2005年に初めてプロデューサーを務める。ロシア人歌手ジーマ・ビランは2006年、
ヤナのプロデュースでユーロビジョンに出場し、2位になった。

フィギュア界にも

ヤナはさらなる高みを目指し、2008年にジーマ・ビラン、五輪フィギュアスケート
男子シングル金メダリストのエフゲニー・プルシェンコ、ハンガリーのバイオリニスト
であるエドウィン・マートンを率いてユーロビジョンに再度挑戦。見事優勝を勝ち取った。

自ら女優も

ヤナは大成功をとげた後もなお、ファンを驚かせることを忘れない。プロデューサーの
活動を続けながら、自らミュージック・ビデオやドラマに登場。

勢いがありすぎる

ヤナは今日、ロシアのショービジネス界において、もっともおしゃれで成功した女性の
TOP3に入っている。2008年に「今年のプロデューサー」として「サウンドトラック」賞を
受賞している他、グラマー誌の「2007年のもっともスタイリッシュなビジネス・ウーマン」
などにも選ばれている。5年続けて「今年のもっともおしゃれなプロデューサー」にもなっている。

離婚暦

2001年、ユーリ・ルシコフ・モスクワ市長の義兄である、大富豪のヴィクトル・
バトゥリンと結婚。その後2008年に離婚。

そしてプルシェンコ氏と

バトゥリンとの間には、アンドレイとニコライの2人の息子がいる。2009年、
プルシェンコと結婚。2013年に息子アレクサンドルが誕生。

なぜ別の意味で注目されているのか

スケートだけではない

結婚後、彼女はプルシェンコのすべてをプロデュースしていると言います。
ファッションショーへの出演やスケートショーのツアーなどヤナ・ルドコフスカヤさんは
公私共にプルシェンコさんをがっちりプロデュース。

棄権はヤナの指示?

そして31歳になったプルシェンコさんは最後のオリンピックとなるかもしれないソチの
団体戦で金メダルを獲得。その後におきた個人戦の棄権は妻ヤナ・ルドコフスカヤさんが
棄権を指示したと言われています。

アイスショーの計画

実はヤナ・ルドコフスカヤさんはオリンピック後にロシア国内を中心としたアイスショーツアー
を計画。そのPRとしてオリンピックを利用しようとしていたヤナ・ルドコフスカヤさんにとって
個人戦で失敗する姿を見せるくらいなら棄権させた方が良いと考えていたと言います。

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