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フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)波乱万丈の生涯

イギリスのロックバンド、クイーンのボーカリストであるフレディ・マーキュリー。晩年はエイズウイルスに感染し発症していることやゲイであることを発表するなど、衝撃的なことが多かった彼は一体どういう人生を歩んでいたのでしょうか。

更新日: 2019年04月19日

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kcookingkさん

人物

Freddie Mercury(Artist name)
身長:177cm
彼の妹に「Kashmira」がいる(後出)

本名:ファルーク・バルサラ(Farrokh Bulsara)

グジャラート語: ફ્રારુક બલ્સારા‌
彼の名字のバルサラは、インド・南グジャラートの町であるバルサードに由来する。

生没年月日:1946年9月5日 - 1991年11月24日

45歳の若さで死去。死因は後述。

出身地:タンザニア・ザンジバル

マーキュリーは、当時イギリス領だった、東アフリカ・タンザニアにあるザンジバル島の
ストーン・タウンで生まれた。

両親

両親のBomiとJer Bulsaraは、ペルシャ系インド人であるパールシー。
植民地のオフィスで会計係として働く彼の父親が仕事を続けるため、ザンジバルに移った。

Kashmira Cooke(カシュミラ・クック)
生年:1952年
出生地:タンザニア・ザンジバル
(当然ながらフレディと同じ)

写真は2018年11月、映画「ボヘミアン・ラプソディ」公開記念イベントにて。

生い立ち

マーキュリーは、インドで幼少期の大半を過ごした。
7歳の頃にピアノを習い始める。

1954年、8歳でボンベイ(今のムンバイ)郊外の全寮制の英国式
寄宿学校、セント・ペーターズ・ボーイズ・スクールに通う。

この頃から複数のロックバンドで活動し、ピアノとヴォーカルを担当した。ボリウッド歌手の
ラタ・マンゲシュカが彼のミュージカル形式に影響を与える。

St. Peter's Boys School サンピエトロ男子校

インド西部マハラシュトラ(Maharashtra)州パンチガニ(Paachgani)町にある学校。
寄宿学校であるが数日など期間限定通学も認められている。1904年に設立。

12歳で、彼はスクールバンドの「ザ・ヘクティクス」、
クリフ・リチャードやリトル・リチャードのカバー・
ロックンロール・バンドを組織する。

当時の彼の友人は、フレディは「ラジオを聴き、その後で聴いた曲をピアノで再現する、
異様な能力」を持っていたと振り返る。彼はボンベイのセント・メアリーズ・スクールで
教育を終えるまで、祖母や叔母とインドに住んだ。

ザンジバルから脱出

1964年、17歳のとき、ザンジバル革命が起こり、アラブ人とインド人の多数の死傷者が出た。
マーキュリーとその家族は、安全上の理由でザンジバルから逃れた。

家族は、イングランドのミドルセックス州フェルサムにある
小さな家へ移り住んだ。

マーキュリーはウェスト・ロンドンにあるアイルワース工業学校(現在のウェスト・テムズ・
カレッジ)に入り、芸術を学んだ。その後、イーリング・アートカレッジへ進み、芸術と
グラフィック・デザインの修了証書を受け取る。彼は後に、クイーンでこれらの技術を用い
衣装をデザインしている。

卒業後、マーキュリーはバンドに参加しながら、ガールフレンド
であるメアリー・オースティンとロンドンのケンジントン・
マーケットで古着を販売していた。

彼はさらに、ヒースロー国際空港でも職に就いた。当時の友人は、彼を「音楽に対して関心を示す、静かで内気な若者」として記憶している。

1969年、彼はレッケイジと改名し、バンドのアイベックスに
参加する。

しかし、このバンドは上手くいかず、サワー・ミルク・シーという別のバンドに加わる。
このグループも、1970年前半には同様に解散した。

1970年4月、マーキュリーは、ギタリストのブライアン・メイ、
ドラマーのロジャー・テイラーが所属するバンド、スマイルに
加わる。

他のメンバーや最初の経営者に関わらず、マーキュリーはバンドの新しい名として「クイーン」
を選んだ。彼は後に、バンド名について「私は確かにゲイだと気づいていた。しかし、それは
単なる一面だ」と語っている。同時期、彼は名字のバルサラをマーキュリーに変更した。

QUEENの活動

クイーンに参加の当初からしばらくは、同じくメンバーの
ロジャー・テイラーと、ケンジントン・マーケットで古着屋を
経営した。

また、クイーンがデビューする直前にラリー・ルレックスという名義でソロ・シングルを
発売している。

下記の他、グレイテスト・ヒッツに収録されている17曲のうち、
10曲はマーキュリーが作曲している。

「ボヘミアン・ラプソディ」Bohemian Rhapsody
「輝ける7つの海」Seven Seas of Rhye
「キラー・クイーン」Killer Queen
「愛にすべてを」Somebody To Love
「懐かしのラヴァー・ボーイ」Good Old-Fashioned Lover Boy
「伝説のチャンピオン」We Are the Champions
「バイシクル・レース」Bicycle Race
「ドント・ストップ・ミー・ナウ」Don't Stop Me Now
「愛という名の欲望」Crazy Little Thing Called Love
「プレイ・ザ・ゲーム」Play the Game

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