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【翻訳】Birdy Talks ‘The Fault In Our Stars’, Tour~

本まとめは2014年6月10日idolator.com掲載記事 Birdy Talks ‘The Fault In Our Stars’, Touring America & Growing As A Songwriter: Idolator Q&A の和訳となります。

更新日: 2015年03月19日

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【訳者】 日本語語尾が面接か尋問のようになっていて心休まらない感があるのは訳者のミスです

Idolator Q&A : バーディー、「ザ・フォールト・イン・アワ・スターズ」、アメリカツアーとソングライターとしての成長

マイク・ワス 2014年6月10日

2011年、Birdyはボン・イヴェールの「スキニー・ラブ」の不気味なカヴァーで(本当に)世界中で大ブレイクした。曲はヨーロッパ中の多くの国でトップ10に入り、オーストラリアでは6度のプラチナディスクに輝いたのだった。自身の名を冠した同じく美しい翻訳曲のカヴァーアルバムが続き、それからその15歳はすぐに世界中の満員のアリーナで公演することになる。

※美しい翻訳曲のカヴァーアルバム - 自身と同名のカヴァーアルバム "Birdy"
※※beautiful interpretations - Birdyのカヴァーは特に著しく強い編曲が行われているのでインタープリットと呼ばれている。(interpret - 解釈する、読み取る、仲立ちして通訳する、コンピュータ インタープリタ)

アメリカでは事の進みは少し遅かったが、この英国人は今「The Fault In Our Stars」用サウンドトラックへの頭から離れない提供曲(「Not About Angels」はまだ公式なシングルとしてリリースされていないにも関わらずiTunesで急上昇している)のおかげでもっとその価値に値する商業上のブレイクスルーの際(きわ)にあり、先程述べた「Skinny Love」は単純に死ぬことを拒否している。
ニューアルバム「ファイアー・ウィズイン」、また同様にその激大ヒット涙枯らしに提供した歌について近日Birdyにインタビューした。それでは続いてこの才能豊かなティーンを少しもっと知ることとしましょう。

※The Fault In Our Stars - 2014年6月6日米国公開の映画で同名小説の映画化。(原作邦題:さよならを待つふたりのために 映画邦題:きっと、星のせいじゃない。)
※a much-deserved commercial breakthrough - 世界的な成功の一方でこれまで米国で彼女の知名度が高くなかったこと、Not About Angelsの評価を顧みて今回のブレイクが正当な対価と形容している http://dictionary.reference.com/browse/welldeserved
※単純に死ぬことを拒否している - Skinny Loveは4年前の発表からいつまでも"しぶとく"人気が続いている
※激大ヒット涙枯らし - the blockbuster tearjerker 大ヒット(地区一個吹き飛ばすレベル)
※after the jump - 紙媒体の新聞で紙面が飛ぶ時に入る句。ネット新聞上ではこれをモジって後に続きの情報がありますよ的な意味で使われる。
http://www.urbandictionary.com/define.php?term=after%20the%20jump

あなたはここでシングル盤でリードした後にFire Withinの再作バージョンとなった。なぜアメリカではあなたの音楽をリリースするにあたり異なったアプローチを採ったのですか?

一枚目のアルバムの際には私はここにはそう本当にはいなかったと思います。ですので自分はそう本当にはプロモーションをしていませんでした。どれも欧州や豪州でのことで、なので私がこちらを本当に旅行して回ったというのは今回が初めてのことになります。このアルバムにある曲は全部自曲で、私にとってはここでやり直すにはとてもナイスな方法です。それで、それにはとてもエキサイティングしています。

あなたの新曲は素晴らしい反応となっています。人々がファーストアルバムにあったカヴァー曲と同じだけあなたオリジナルの曲に応えたことには驚きませんでしたか?

どんなことが期待できるのか分かりませんでしたから、そのリアクションを受けられたことはワンダフルでした。ただとてもラブリーなことに感じました。私が全て求めてきたことは歌手であることと同様にずっとソングライターであることでしたので、それはワンダフルでした。

温かい歓迎には安堵した?

はい、初めてオリジナルの音楽をリリースするというのはある種怖いことでしたので。
誰もまだ私の作曲を聴いていないのですから、ですから、ええ、それは間違いなく怖いものでした。

ファーストアルバムに含まれていなかった曲ですが、以前にも曲は書いてきていたのですか?

私はいつもずっとライターです。8歳の時から書き始めていたものですから、たくさん曲はありました。
それがそこに含まれなかった主な理由はただ私に時間が無かったのと、私はその時「Skinny Love」をやっていて、それは初めにリリースされたものなのですが、それは非常に上手くいってくれたようでしたし、それをインタープレットすることもまた楽しんでいたので。

※ファーストアルバムはカヴァーアルバムでBirdyの自曲は「Without A Word」のみ

Skinny Loveはちょうどそういう死ぬことを拒否するような曲のうちのひとつのように思います。この曲をカヴァーするというのは誰の天才的アイデアだったんですか?

サンキュー。
ええ、私はいつもBon Iverさんのファンのひとりでしたし、彼の音楽が大好きです。それは全く私のお気に入りの曲のうちのひとつだったと思います。それは提案されたものなのですが、でも好きでした。何か自分自身の文書を思い出させるところがあります。ただ何か脆くてミステリアスな風な、私はそれには本当に心惹かれました。

たくさんのバラードをカヴァーした後で、Fire Withinにはひと房アップテンポで”ラジオ向け”の歌があったことには驚いた人がいますね。

ええ、そういうことになりました。カヴァーではそれは全くピアノベースで本当に肉を削ぎ落としていて、そんな時には、ともあれもっとメランコリーになっていきます、ただ自然と。けれどこのアルバムでは他の音を探検したいと本当に思っていて、そうして自然な成り行きで進んだもので、何かもっと”ドライビング”になりました。

※melancholy - 旅情的、物憂い、幽愁的、感傷的、メランコリー

あなたがコラボレーションした人々が同じようにその理由になると思いますか?

ええ、おそらく。私が言いたいのは、自分は全くもって新しい書き方を紹介されました。
キッド・ハープーンさんという方と書いたんですが、ドラムビートみたいなようなのから始めたんですよ、全く一度も過去にトライしたことがありませんでした、それは自動的で、ただ、分かりません。ただ私の頭は異なるマインドのフレームにいました。

あなたはファーストアルバムをリリースした時はまだ学校に行っておりました。(ほんの微かばかり)歳経たことは、あなたにこのビジネス全体について新しい視点を与えてくれましたか?

ええ、多分。一人の芸術家として成長し、私の好かないこと、何が私に合っているのか決める時間を本当に持てたと思います。本当にナイスでした。ええ、その時間を持ち、また初めの2年間は両親が私をガイドし通すために一緒にいました。私にとって本当にワンダフルでした。

今回はどう比較されますか?

他の人々と曲を書くというのは本当にナイスでした。私には完全に新しいことで怖く、不思議なものでしたが、初めてスタジオにいて、何がいいのか決めていたファーストアルバムをやっていた時から自分がちょうど何がしたいのかということは頭の中にありました。リッチ・コステイさん、ジム・アッビスさん、ファーストアルバムの時と同じ大好きなプロデューサーの方々と働きました、それに同じミュージシャンの方数人です。私はスタジオで本当にアットホームに感じることが出来ましたし、ある種の自信を感じました。探求していた時でさえあったにしても、私はある種馴染みのある場所にいて、ナイスなことでした。

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Birdyさんの信じがたい才能を追うと共に和訳している身体サイズ完全1テイラー・スウィフト長の者です。
いやいや、本職は必ずBirdyを勝たせる、いや、Birdyに勝ちをとって頂きたい。