1. まとめトップ

新宿二丁目がゲイの街になったのはいつからか?

ゲイタウンとしての新宿二丁目の歴史をまとめました。

更新日: 2014年07月15日

Ocean-blueさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
18 お気に入り 347610 view
お気に入り追加

■新宿二丁目

新宿二丁目はゲイタウンであり、新宿通りから靖国通りに抜ける、およそ240m弱の「仲通り(なかどおり)」がメインストリートである

最寄り駅は、
都営地下鉄新宿線、東京メトロ丸ノ内線、東京メトロ副都心線の新宿三丁目駅

現在、約450軒ほどのゲイバーがあるといわれている。
通常のゲイバーや売り専バー、イベントを行うクラブ、ゲイグッズを扱うゲイショップ、同性同士で利用可能なホテルなどが占める

ゲイバーの多くは入口のドアに会員制というプレートを貼ることにより女性客の入店を断るようになっています

中には普通の客も入店可能な店やレズビアンを対象にした店もあります

《歴史》

■新宿初のゲイバー

新宿初のゲイバーは、美輪明宏によると、新宿角筈の「夜曲」(角筈1丁目,二幸《現アルタ》裏)であり、二丁目初は1951年(昭和26年)、要町界隈(現三丁目)にできた「イプセン」といわれる

自身も、1976年新宿五丁目の靖国通り沿いの瀟洒な白いビル、Qフラットに「クラブ巴里」を出店

イプセンは当初は喫茶店であったが、口コミでゲイバー化していき、1953年(昭和28年)に夕刊紙で「男色居酒屋」として取り上げられてから知る人が増えた

この頃のゲイバーの分類は現在と幾分違っており、女装バーの占める割合が高かったとされる

1950年代には要町(現・新宿3丁目)、千鳥街(新宿御苑近く)、花園街(現・歌舞伎町ゴールデン街)界隈にゲイバーが集まった飲み屋街があった

■二丁目付近にゲイバーが増加

1958年(昭和33年)売春防止法の完全施行で赤線が廃止される

それまで色町だった新宿2丁目周辺がどっと空き家になり、そこに周辺のゲイ・バーだけでなく、新しいゲイ・バーが雨後の竹の子のように移ってきました

千鳥街も区画整理で立退きを迫られ、現在の仲通りに面した雑居ビル「新千鳥街」に1960年代後半頃に移転する

このようにして新宿2丁目がゲイの街として産声を上げたのが、 1960年半ば以降のことです

■1970年代以降

この頃からゲイの間で「二丁目」「二チョ」といえば、ゲイ・タウンとしての新宿二丁目を指すようになった

しかし、数10年間は、同性愛、ゲイは、淫靡で反社会的なもの、アンダーグラウンドなものとして、偏見を持たれていました

ところがバブル期以降、ゲイ・カルチャーは一気に日の目を見ることになります

1988年、フジテレビ系列のバラエティー番組、「笑っていいとも」で「Mr.レディー&Mr.タモキン」が始まると、メディアでゲイ・ブームが生まれたのです

1 2





Ocean-blueさん