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龍馬とは不仲だった!? 【中岡 慎太郎】ってどんな人?

坂本龍馬と中岡慎太郎といえば、幕末の土佐の志士を代表する双璧。しかし龍馬に比べて、中岡はどうしても知名度が低く地味なイメージがあります。中岡慎太郎を「まったく知らない」「龍馬と一緒に暗殺された付き人でしょ?」という認識ならちょっと読んでみてください。

更新日: 2018年09月22日

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tAkUさん

「好きな偉人ランキング」では常に上位。江戸時代末期の志士、土佐藩郷士の坂本龍馬

歴史に相当疎い人でも知らない人はまぁ、いないでしょうね…

その龍馬を題材にした作品において、必ずといっていいほど登場する人物の一人、中岡慎太郎

日本の志士(活動家)である。陸援隊隊長。
土佐国安芸郡北川郷柏木村(現・高知県安芸郡北川村柏木)に北川郷の大庄屋 中岡小傳次、はつの長男として生まれる。

中岡は幼少の頃から利発かつ豪胆で、物心のつく頃より父から厳しい躾けを受け、4歳の頃には寺の住職から教えを受ける。7歳の頃には四書の講義を受ける為、二里(約8キロメートル)離れた隣村の塾へ片道2時間かけて通いつめ、14歳の頃には塾の講師代役を勤めるほどの神童ぶりだったという

中岡家は地元の有力な庄屋で名字帯刀を許された郷士身分。慎太郎も大庄屋見習として村政にかかわるが,間崎滄浪から文を,武市瑞山から剣を学んだことから土佐勤王党結成に参加し,瑞山の〈正系〉を継承すると評価される。

勤王党弾圧後は脱藩して長州に走った。しかし長州尊攘派の敗北と再起を目のあたりにして単純な尊攘主義を克服。富国強兵と武力討幕のための薩長同盟を構想し坂本龍馬と共に大政奉還の実現に尽力する。

中岡は勉強ができなかった坂本とは対照的に幼いころから秀才のほまれが高かったという優等生タイプ。頭が切れるだけでなく、何事にも熱心だったので、交渉ごともうまかった。

幕末政治闘争の決定的な転換の大事業は、この二人をさしおいては語れない。

多くの書物はこの二人を、僚友・同志の関係とみなし、小説などは幼馴染みの竹馬の友のように描き、同じ志を抱き大事を共にした一心同体の存在と扱われているが…

坂本の生涯は華やかな波瀾にみち、講談風にいえば剣あり恋あり涙ありで、劇的で興趣つきるところがない。そして芝居の各幕のクライマックスには必ず登場するような星回りになっている。誰もが坂本の人生に歴史のロマンを見出すわけである。ところが中岡慎太郎となると、ドラマとロマンの要素が消え、いちじるしく散文的となる。中岡は革命劇の花道で大見得をきるようなことは一度もない。

土佐の双璧とはいえ、知名度では坂本が断然光っており中岡はくすんでしまっている。小説や芝居はもとより研究書まで、花形役者は坂本であり、中岡はいつも主役竜馬のわき役。極端な人は、中岡などはたまたま近江屋で坂本と一緒に斬られたおかげて有名になったが、本来はどこにでも転がっていた一介の浪士にすぎず、とりたてて論ずるほどの価値もないとまでいう。

中岡慎太郎「教科書に写真出る確率龍馬さんより圧倒的に少ない…(¬_¬)写真…あんなに笑っちゃいけなかった…?」

NHK大河ドラマは中岡慎太郎がお嫌いなのか毎回ぞんざいな扱いな気が #西郷どん

薩長同盟締結後,陸援隊を組織して討幕戦に備えたが,京都近江屋で坂本龍馬とともにおそわれたとされ30歳にて生涯を終える。

この事件の犯人については未だに諸説入り乱れているが、最も有力な説として、犯行に及んだのは京都見廻組与頭の佐々木只三郎の他、隊士の今井信郎ら計7人であるとされている。

実際の二人は、少青年期はまったくあい識らず、最後の慶応期の約二年以外は行を共にしたこともない。むしろ、出身の風土も階屑も、活動の人脈も舞台もまったくちがい、抱懐する思想も追求する政治路線もまったくあい異なり、人柄や肌合いとなればそれこそ海と山といえるほど対照的にあい反してさえいる。

( ゚ ω ゚ ) ! ! 「べつにツーカーの関係ってわけじゃなかったんだね」

竜馬を題材としたTVドラマや映画、小説、漫画、ゲームなどは数多く製作されており、産業需要は非常に高い

2010年1月3日から同年11月28日まで放送されたNHK大河ドラマ。主演・福山雅治。

大河ドラマ「龍馬伝」では名優・上川隆也 が「中岡慎太郎」を演じている。

(´ω`)「龍馬伝の福山龍馬かっこよかったなぁ~。中岡役の上川さんも格好良かったはずだけど、あんまり覚えてない…」

三谷幸喜の作による舞台作品。舞台を鑑賞した映画監督市川準の希望で2002年に映画化された。

司馬遼太郎の長編時代小説。幕末維新を先導した坂本龍馬(竜馬)を主人公とする。

原作:武田鉄矢、作画:小山ゆうによる日本の漫画。『少年ビッグコミック』(小学館)で1986年から連載

セガより2014年2月22日にPlayStation 4、PlayStation 3の2機種で発売されたゲームソフト。

中岡慎太郎という男の評価。志士のなかで、最も「足」でかけ廻った男と言われている

革命運動というものは、同じことの積みかさねであり、砂を噛むような毎日の連続であるという側面を身を以て示すかのように、彼は同じ道を行っては帰り、復っては往く。そして彼の足早な歩みが往復するたびに、歴史は少しずつ、だが確実に進展を刻んだ。

日本史のテストでよく出た「薩長同盟」。これは龍馬の功績みたいなところがありますが、実際龍馬が薩長同盟に向けて走り始めた頃には既に中岡慎太郎は薩長同盟に向けて奔走していました。やがて、桂小五郎・西郷隆盛・坂本龍馬達と連携を図り薩長同盟に至った。

また、薩摩と土佐の間の協定である「薩土盟約」は、西郷隆盛や後藤象二郎・坂本龍馬達と中岡慎太郎が連携を図り結ばせたもの。

さらに、中岡は薩長同盟・倒幕を行うのにかかせない存在だった公家・三条実美と岩倉具視の仲を取り持った。中岡は当時三田尻に都落ちしていた三条実美の随臣(衛士)であり、長州はじめ各地の志士たちとの重要な連絡役となっていた。公家の2人を、土佐の一介の武士の意見に賛同させてしまった事が凄い。

中岡、坂本の訃報を聞いた岩倉と三条は嘆き、岩倉は「ああ、何者の鬼怪が麿の一臂を奪うてしもうたか」と涙し、三条は神式祭祀と和歌をもって慰霊追悼した。事件から24日後、岩倉は朝廷に参内し中岡が望んだ王政復古を実行に移す。

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