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【閲覧注意】本当にあった世界の怖い奇習!日本の「即身仏」【奇習風習】

未曾有の飢饉、天災、疫病などにより、餓え苦しみ、恐れおののく人々を救うために、この世の苦悩を一身に背負い湯殿山に籠り、木食行、断食行をして、最後には己の身と引換えに衆生救済を一心に祈願しながら土中入定をして念仏往生したというもの。彼らは土の中で何を思い何を悟ったのだろうか…

更新日: 2019年04月06日

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moratoriumさん

●即身仏とは

即身成仏(そくしんじょうぶつ)は、仏教で人間がこの肉身のままで究極の悟りを開き、仏になることである。即身成仏の思想は、主に真言密教の教義であり、真言宗において説かれる。空海の『即身成仏義』により確立される。また、天台宗・日蓮宗においても『法華経』に基づき説かれる。

即身仏(修行者が瞑想を続けて絶命し、そのままミイラになること)と混同されがちであるが、即身仏と即身成仏は全く別物である。違いは「成仏」が生きている状態で悟ること。

行者が自分のために即身仏となるというのではなく、それまで衆生救済のために色々と活動してきたお坊さんが、最後に死んだ後も衆生救済に尽くすことを願って即身仏になるということ。

●即身仏になるための修行とは

この即身仏になるための修行というのは、木食修行と土中入定という二段階になっています。木食修行は土中入定のための準備のようなもので、米や麦などの五穀、十穀を断って木の実などで命を繋ぎながら体の脂肪や水分などを落としていき、ほとんど即身仏そのものの状態にまで体を作っていくという大変な荒行なんだそうです。

木食修行を終えると土中入定ということをします。これは地面に深さ3メートルほどの穴を掘ってそこに石室を築き、更にそこへ呼吸のために節を抜いた竹筒の先が地上に出るようになっている木棺を入れ、その中に生きたままで入って埋められます。行者はその中で断食をしながら鐘を鳴らしてお経を読み続けます。

その鐘の音が地上の人に聞こえなくなると、息が絶えたということで一旦掘り出され、すぐにまた埋められます。そうして1000日後に再び掘り出されると、それだけであとは何もしなくてもちゃんとミイラになっているんだそうです。このようにして即身仏になりました。考えれば考えるほど凄まじいものです。

●その際に漆を飲むことも!?

最後は土中に石や木などで作られた室に入りますが、その直前に漆の樹液を飲むといいます。汗をかき、嘔吐を繰り返し、最後まで身体に残された水分を絞り出したというわけですね。

漆の樹液には細菌や蛆などの繁殖を抑える効果もあるそうで、これもまた防腐剤として機能していたと見られます。こうした段取りを踏んで土中の室に入ると、蓋をされ、埋められ、鈴を鳴らしながら読経するなどして死を待ちます。

●なぜ即身仏になろうとしたのか!?

これだけ長期に渡って過酷な苦行を成し遂げるのですから、仏として祀られ、人々に信仰の対象とされてきたのは理解できます。また、即身仏になろうと志す行者が絶えなかったのは、現世の人々に及ぼす影響だけではなく、その先の未来に希望を持っていたからだと考えられています。

即身仏になる重要な目的の一つには未来での復活を期すというものがあります。釈迦入滅から56億7000万年後に降臨して世の民をもれなく救済するという誓いを立てている弥勒菩薩に接見するため、即身仏となって未来にその肉体を残すという考えです。

古今東西を問わず、肉体を保存しようという動機として非常に多いパターンが未来での復活を望むもので、エジプトのミイラやアメリカのアルコア延命財団の冷凍保存なども発想は同じです。

●しかし…失敗も…

これらは死を前提にするため当然ながら大変な苦行であり、途中で断念したものも多数存在する。また、死後腐敗してミイラになれなかったものも多い。ミイラになれるかなれないかは上記の主体的な努力によることと、遺体の置かれた環境にも大きく影響するだけでなく、関係者に裏切られること無く掘り出されるかにも左右される。

●現存する即身仏の一覧

無際大師   總持寺  神奈川県横浜市鶴見区延暦9年(790年)91
弘智法印   西生寺  新潟県長岡市寺泊野積貞治2年(1363年)82
弾誓上人(?)阿弥陀寺 京都府京都市左京区大原古知原慶長18年(1613年)63
本明海上人  本明寺  山形県鶴岡市東岩本天和3年(1683年)61
宥貞法印   貫秀寺  福島県石川郡浅川町小貫天和3年(1683年)92
舜義上人   妙法寺  茨城県桜川市本郷貞享3年(1686年)78
全海上人   観音寺  新潟県東蒲原郡阿賀町豊実甲貞享4年(1687年)85
心宗行順法師 瑞光院  長野県下伊那郡阿南町新野貞享4年(1687年)45
忠海上人   海向寺  山形県酒田市日吉町二丁目宝暦5年(1755年)58
秀快上人   真珠院  新潟県柏崎市西長島鳥甲安永9年(1780年)62
真如海上人  大日坊  山形県鶴岡市大網天明3年(1783年)96
妙心法師   横蔵寺  岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲神原文化14年(1817年)36
円明海上人  海向寺  山形県酒田市日吉町二丁目文政5年(1822年)55
鉄門海上人  注連寺  山形県鶴岡市大網文政12年(1829年)62
光明海上人  蔵高院  山形県西置賜郡白鷹町黒鴨嘉永7年(1854年)不明
明海上人   明寿院  山形県米沢市簗沢小中沢文久3年(1863年)44
鉄龍海上人  南岳寺  山形県鶴岡市砂田町明治14年(1881年)62
仏海上人   観音寺  新潟県村上市肴町明治36年(1903年)76

●即身仏画像

●即神仏の悲しい話

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