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この記事は私がまとめました

onigiri2000さん

誰もが知ってるドラえもん。しかしそのドラえもんに意外な過去が!!

まず画像を見て頂きたい。
あら?
確かにドラえもんだけど、雰囲気がなにか違う....

ではこのオープニングをご覧ください↓

えっ!?
ホイきたサッサのドラえもん!?
なんだこの演歌なドラえもんは!?

ずっとずっと昔のドラえもん。

現在おなじみの、テレビ朝日のドラえもん(1979年スタート)の前に
実は1973年に日本テレビで、ドラえもんが放送してた時期があるんです。

半年間の放送という短い間でしたが、現在のドラえもんと違う部分や、意外な共通点がありますので、是非最後までご覧ください!!

そんなドラえもんの活躍ぶりは...

ドラえもん自体がトラブルメーカーで、のび太のために秘密兵器を出すものの、結局失敗してしまうというパターンが多く“保護者“という後年に出来上がったドラえもんの像と正反対なキャラクター像である。これは連載当初のドラえもんに顕著である。
wikipediaより

ええっ!?じゃあ誰が問題解決するんでしょうね!?

そして、謎のアヒル型ロボット「ガチャ子」

アヒル型のロボットで、性別は女性。
ドラえもんと同じくひみつ道具を所持しているが、ポケットではなく口から吐き出して使う。鳴き声は「ガース」。
ドラえもんがこれといった成果を上げられないため、第二のロボットとしてのび太の元へ送り込まれたのがガチャ子である。
アニメ版ではガチャ子はしずかの家に居候している。

wikipediaより

そんなドラえもんの幻の第一話をどうぞ。

って音声もないし!!絵も動いてなくて紙芝居じゃん!!
実はそれには訳があります...
その悲しい理由は後半で。

豪華声優陣!!

ドラえもん - 富田耕生→野沢雅子
野比のび太 - 太田淑子
しずか - 恵比寿まさ子
ジャイアン - 肝付兼太
スネ夫 - 八代駿
のび太のママ - 小原乃梨子
のび太のパパ - 村越伊知郎
スネ夫のママ - 高橋和枝
スネ夫のパパ - はせさん治→加藤修
ジャイアンのパパ - 不明
セワシ - 山本圭子
我成(がなり)先生 - 加藤修→雨森雅司
ガチャ子 - 堀絢子
ボタ子 - 野沢雅子
デブ子 - つかせのりこ
ジャマ子 - 吉田理保子

半年の間ですが、ドラえもんの声優は変わってます。1代目はなんと、バカボンのパパで知られる富田耕生さん。
二代目は、また驚きのドラゴンボールの孫悟空でおなじみの野沢雅子さんじゃありませんか!!
そのほかも、のび太役の太田淑子さんはテレビ朝日版のセワシ役、
のび太のママ役、小原乃梨子さんはテレビ朝日版ではのび太!!
スネ夫の八代駿さんはプーさんの声でも有名
肝付兼太さん、はジャイアンからテレビ朝日版ではスネ夫。
もうパニックになりそう!!

声聞きたいですよね!?

音声だけなんですが、雰囲気だけでも。
頭の中で変換するのが大変ですよね!!
どうしても私は、ドラえもんは「いなかっぺ大将」にしか聞こえません!!
ジャイアンは、やっぱりスネ夫になっちゃうなぁ。
しずかちゃん、ジャイアンの事、ジャイアンって呼ぶんだねw

テーマ曲も多彩!!!

エンディングテーマ - 「ドラえもんルンバ」
軽快なリズムがいいね!!
しかし次回予告の「弱みをにぎれ!」ってw

そして元祖ドラえもんの声優、富田さんが歌う、一度聴いたら忘れられない挿入歌。

なんとも不思議なリズムの挿入歌、あいしゅうのドラえもん。
0:25の「ウハハハ!!やったぁ やったぁい!!」ってのが当初のドラえもんの声だったんですね。
資料が少なく、富田ドラえもんの声は、これしか見つけられませんでした。
しかしこの一言でも強烈!!!
歌の歌詞もなんかすごい。

そして、ドラえもんの最終回...(音声のみ)

胸が張り裂けそうな悲しみの、のび太達に対し、なぜか割とドライであっさりしてるドラえもん
8:42の別れ際の「じゃね。」なんてのび太に同情してしまうくらい、あっさりしてます...
こうして1973年4月1日から9月30日、約半年間、全26回で、日テレドラえもんは最終回を迎えたのであります。

そもそもなぜ最終回に?

『ドラえもん』は、対象年齢が低かったこともあり当初、視聴率に苦戦した。
ドラえもんは2クールの契約であったが、ある程度の視聴率が確保できれば、その後も継続するという契約であった。2クール目に入ると、テコ入れを図った甲斐もあり、徐々に視聴率も上がっていった。スタッフらは、千葉県房総半島にある日本テレビの保養所に招かれ豪華な接待を受け、1年延長の話も持ちあがった。収益も黒字であり順調に準備を進めていたが、とんでもない落とし穴が待っていた。

2クール終了間際の1973年8月に制作会社の社長の新倉雅美が突然失踪した。経営を引き継いだ同社会長は、アニメ会社の経営に無関心な人物で、「もう止めよう」の一言で会社は解散した。理由は本作の黒字経営で、過去に経営していた東京テレビ動画時代からの赤字を補填出来るまでに至った時点で、アニメ事業に興味をなくしたためだという。会社の解散という混乱の中、同年9月30日放送の「さようならドラえもんの巻」を作り上げ最終話とし、半年で終了となった。

そして資料があまりにも少ないのは...

解散が決定してから日本テレビ動画は、かなりドタバタしたとされ、グロス請け先の支払い金を充てるために会社の備品で売れる物は全て売り払い、日本テレビからも出してもらうが足りず。一部の外注先には未払いとなったが、日本テレビ動画が解散していた事もあり、うやむやにされた。

資料の保管場所が無くなったため、資料はゴミとして処分されることになった。だが大量の資料を業者に頼んで処分する金は無く、管財人からクレームの声もあり、業者に依頼は結局出来なかった。最終回の放送は、奇しくも日本テレビ動画が解散した9月30日であった。その日の内に事務所は引き払われ、ブラウン管に映るドラえもんを描いたスタジオに既に人影は無かった。

その夜、埼玉県浦和市(現・さいたま市桜区)の荒川河川敷でライトバン一杯に詰まったセル画、せりふ台本、絵コンテ、カット表、色見本、色指定キャラクター集、シナリオ原本、現金出納帳を残された元スタッフらが灯油をかけ火をつけた。炎の中、セル画はぐにゃりと歪み消えた。全てを燃やすのに翌朝まで掛かり、スタッフの顔は目の周りがすすで真っ黒だったという。様々な想いを馳せた設定集やセル画が燃えていったことを、下崎は「わが子を荼毘に付す気持ちでした」と、当時置かれた心境を回想している。

なので資料は、当時のスタッフが個人的に所有しているごく一部のもの以外、現存しないことが明らかにされているらしいです。
読んでるだけでも悲しくなる事実...
アニメの裏事情は複雑ですね。

そして日テレドラえもんは、封印へ。

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