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※閲覧注意【悲運・悲報】有名人の死。忘れてはいけない人…忘れたいくらい悲しい死を遂げた人…(国内編)

自殺や殺害、闘病生活からの病死、事故などの突然死。悲運の死を遂げてしまった芸能人やスポーツ選手など、有名人をご紹介します※基本的には御年60歳以下の故人を掲載していますが、60歳以上でも、不審死・突然死は掲載しています

更新日: 2019年08月19日

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Quoll-x-llvさん

命は儚い。そして命は意外にも強く、意外にも脆い。ゲームで見るようなリセットやコンテニューなんてない。しかし、だからこそ尊い。

命について、何度でも真剣に考えたい。

⊿2019年

2019年7月18日

京都アニメーション第1スタジオに当時41歳の男が侵入、ガソリンを建物1階や従業員などにかけライターで着火した。当時スタジオには役員、従業員あわせて74人がいたが、事件現場で33人の死亡が確認され、35人が怪我を負い病院に搬送された。その後搬送先の病院で2人が死亡し、死者は35人となった。怪我を負わなかったのは6人に留まる。 犠牲者の中には、木上益治さん、武本康弘さんらもいた。

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30歳没(2019年7月11日)

長崎県出身。2016年のフリーダイビング国際大会で水深72メートルまで潜り、日本人初の世界記録を樹立。読谷村を拠点に活動していた。2019年7月11日に自宅アパートから転落して、意識不明の状態で救急搬送されたが、その後死亡が確認された。

37歳没(2019年6月20日)

神奈川県横浜市出身のシンガーソングライターでミュージシャン。本名は、宮内陽輔(みやうち ようすけ)。 映画「小さな恋のうた」の音楽・劇中曲アレンジ・楽器指導を手がけたことでも知られている。2019年6月20日に急性心不全により死去した。亡くなる数時間前にはいつもと変わらぬ元気な姿であったという。

25歳没(2019年5月16日)

8歳から競技を始め、鹿児島・樟南高を経て2015年にプロテスト合格。16年には大手芸能プロダクション「オスカープロモーション」と所属契約を結び話題となった。

53歳没(2019年2月26日)

ロックバンド「筋肉少女帯」の元ギタリスト。

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年齢非公表(2019年1月12日)

フィアー・アンド・ロージング・イン・ラスベガス(Fear・and・Loathing・in Las・Vegas)のベーシスト。年齢は非公表だが、40歳にはなっていないと思われる。死因は急性心不全とされており、病死であった。

⊿2018年

57歳没(2018年11月28日)

コラムニスト。テレビなどでもコメンテーターとして活躍していた。時には歯に衣着せぬ過激な発言で賛否あったものの、その強烈なキャラクターは際立っていた。2018年11月28日、アルコール性の劇症肝炎が原因となり57歳で逝去した。

56歳没(2018年11月15日)

読売ユースを経て、1980年から読売クラブ、1992年からヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)でプレーした。PK戦の強さで一躍名を広めた。1995年に現役引退。2017年12月に東京都内の病院でステージ4以上の末期の胃がんであると診断を受け、その後ファンに「完全復活」を宣言して治療を行っていたが、残念ながら2018年11月15日に天国へ旅立ってしまった。

41歳没(2018年9月18日)

総合格闘家。ミュンヘンオリンピックレスリング・グレコローマン日本代表だった山本郁榮を父親に持ち、姉・美憂、妹・聖子はレスリング世界選手権を制覇している。同じくレスリング選手・総合格闘家の山本アーセンは甥。2018年9月18日 所属ジムの公式ツイッターにより同日、41歳で死去したことが発表されたが、詳細については明かされていない。

53歳没(2018年8月15日)

本名は非公開。漫画家、作詞家、脚本家。国民的人気アニメとなった「ちびまる子ちゃん」や「コジコジ」等で知られる。 2018年8月15日20時29分、乳がんのため死去。53歳という若さであった。

67歳没(2018年8月8日)

政治家。沖縄県知事(本土復帰後第7代)。 那覇市議会議員(2期)、沖縄県議会議員(2期)、沖縄県那覇市長(4期)などを歴任した。2018年(平成30年) 4月に行った膵臓の腫瘍の病理検査でステージ2の膵がんであることを公表し、後に公務に復帰したが、8月に浦添市の浦添総合病院で死去。満67歳没。

22歳没(2018年7月6日)

EXILEのパフォーマー世界と佐藤にEXPGから選出された5名を加えダンスグループとして結成したFANTASTICS(ファンタスティックス)の元メンバー。2017年の年末から体調不良が続き、医療機関で精密検査を受け胃がんが見つかった。2018年3月3日に公表し活動を休止する。同年7月8日、所属事務所が6日午前7時23分に都内の病院で死去していたことを発表した。22歳という若すぎる死であった。

35歳没(2018年5月21日)

北海道出身の登山家、起業家。「冒険の共有」をテーマに全国で講演活動を行いながら、年に1、2回ヒマラヤ地域で高所登山を行っていた。2018年5月に8度目となるエベレスト登山を敢行したが、途中で体調を崩して登頂を断念。下山中の同月21日にキャンプ2近くで死亡した。

66歳没(2018年2月21日)

俳優、タレント。40歳を超えてから出演した作品である北野武監督『ソナチネ』(1993年)での演技が転機となり、映画界において演技派の一人として知名度を得ていく。様々な役柄を演じ、「300の顔を持つ男」「カメレオン」などの異名をもった。2018年2月21日午前3時53分、急性心不全により死去。

満52歳没(2018年1月)

タレント、元フジテレビアナウンサー。同期の女性アナウンサー2人(河野景子、八木亜希子)とともに「花の三人娘」と呼ばれ、女子アナブームの全盛期を飾った。2018年1月末に死去したことが明らかになっが、正式な死因については有賀本人の意思により非公表とされた。52歳没。

49歳没(2018年1月26日)

ギタリスト、音楽プロデューサー。シンガーソングライターの椎名林檎さんの元夫としても知られている。音楽ユニット・stereo criminalsの元メンバーで、ユニット解散後、ギタリストとしての活動や他のアーティストへの楽曲提供および編曲・プロデュースを本格的に開始。多くの有名ミュージシャンのサポートギタリストを担当し、編曲家としても多くの作品を手がけた。2018年1月26日21時31分、病気のため入院先の病院で死去。49歳没。

38歳没(2018年1月19日)

ボーカルとDJとMCで構成するJ-POPユニットである「ET-KING」のメンバーであり、MC兼トラックメイカーとして活動していた。グループのリーダーでもあり、ET-KINGの特徴的な衣装である法被(ハッピ)の番号は「壱」番であった。2017年8月3日、肺腺がんのため治療に専念することを発表。闘病生活を続けていたが、2018年1月19日、38歳の若さでこの世を去った。

30歳没(2018年1月20日)

北海道釧路市出身の女子スピードスケート短距離選手。信州大では平昌五輪代表の小平奈緒(相沢病院)と同級生で、小平とともに出場したソチ五輪は女子500メートルで14位、1000メートルで22位だった。2018年1月20日に自宅で亡くなっていたことが明らかにされた。死因などは公表していない。

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36歳没(2018年1月5日)

ギタリスト、ソングライター。メタルダンスユニット「BABYMETAL」のバックバンドなどで活躍していた。時にキツネ様が憑依する「神バンド」の小神様としても知られていた。2018年1月5日、36歳で死去。ツイッターでの報告では前年12月30日天体観測中に高所から落ち、療養中に容態が急変し死亡したとしている。

70歳没(2018年1月4日)

プロ野球選手・監督、野球解説者。選手時代のポジションは投手。中日ドラゴンズ・阪神タイガース・東北楽天ゴールデンイーグルス監督を務めた。2008年には北京オリンピック野球日本代表の監督も務めた。2016年7月に急性膵炎を発症した際に膵臓がんが発覚したが、星野の意向で病については一切公にされなかった。2017年11月28日と12月1日には自身の「野球殿堂入りを祝う会」に出席していたが、その後体調が悪化し、年が明けた2018年1月4日午前5時25分に死去した。70歳没。

⊿2017年

57歳没(2017年11月16日)

声優、女優、ナレーター。旧芸名および本名は靏 ひろみ(つる ひろみ)。それいけ!アンパンマン(ドキンちゃん)やドラゴンボール(ブルマ)や、きまぐれオレンジ☆ロード(鮎川まどか)等、多くの人気役の声を演じた。2017年11月16日19時30分頃、東京都中央区の首都高速都心環状線の車線上で、ハザードランプをつけ停車していた車内で、シートベルトをして運転席に座ったまま意識不明の状態で見つかり、病院に搬送されたが死亡が確認された。死因は運転中の大動脈解離による突然死と見られる。57歳没。

35歳没(2017年9月3日)

男子バレーボール元日本代表。福岡県出身。中央大学を卒業後、2005年にパンサーズに入団。本職のウィングスパイカーだけでなく、高い守備力を買われリベロのポジションも務めた。2016年の現役引退まで11シーズンにわたり活躍し、4度のリーグ優勝に貢献した。2004年、2008年には全日本代表チームにも選ばれていた。2017年9月、自宅で突然倒れ死去した。35歳という若さだった。

満42歳没(2017年6月28日)

元プロ野球選手。1997年から2005年、長らく西武ライオンズで投手として活躍。選手引退後も埼玉西武ライオンズでコーチを務めていた。生涯成績は44勝で防御率3.39。背番号は全盛期に背負っていた「19」番の印象が強い。2017年6月25日の福岡ソフトバンクホークス戦の試合前に体調不良を訴え、福岡市内の病院に入院。その数日後に入院先の病院で多臓器不全のため死去。42歳という若さであった。

満34歳没(2017年6月22日)

フリーアナウンサー、キャスター。夫は歌舞伎俳優の十一代目市川海老蔵。2016年6月9日、乳がんを患っていることが、夫の海老蔵による記者会見において明らかにされた。闘病中の2016年9月1日にブログを開設。ブログで積極的に病状の情報発信を行ったことが評価され、2016年11月21日、英国放送協会 (BBC) の「今年の女性100人」の一人に選出された。2017年6月22日、惜しまれつつ永眠。

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