1. まとめトップ

戦前に最強財閥だった天皇家!天皇家と政治家の癒着が凄すぎワロタwww

天皇家は、戦前に4大財閥の10倍の資産を保有していたのは天皇家の秘密でもあります。財閥解体が行われた現在でも、天皇家の資産は隠されているとされていて、天皇家を中心として、安倍晋三さん、麻生太郎さんなどが政治家として天皇家と癒着しての活動は秘密とされています。

更新日: 2016年11月03日

misukiruさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
40 お気に入り 424885 view
お気に入り追加

日本の天皇の存在意義は、国民よりも世界の富裕層や権力者層にとってこそ、意味のあるもの

戦場で散って行く若者たちを盾にして支配層が守ろうとしたものはこの「神聖財閥」を頂点とするゼニの塊

■天皇家と麻生財閥の癒着

天皇家と麻生家が家系図で繋がっている事が明らかになっています。さすがに家系図はごまかせません。

日本の総理大臣が親戚の中から選出されている事が分かります。

この3名が非常に近い縁戚同士で、一族で日本を支配していらっしゃいます。

天皇の娘と結婚した東京都職員で「一般人」とされた黒田さん。実は、麻生家と親戚関係にある黒田慶樹さんは、大久保利通の家系の人で、麻生氏と親戚関係になります。

モスクアのG20に出席した時の格好から「マフィアのドン」と海外メディアで報じられました。実際に事実なんですけど。

内閣総理大臣(第92代)、経済企画庁長官(第53代)、経済財政政策担当大臣、総務大臣(第3・4・5代)、外務大臣(第137・138代)、自由民主党政務調査会長、自由民主党幹事長、自由民主党総裁(第23代)などを歴任した。

政治資金を使って2260万円の高級グルメ三味を伝える週刊誌の報道

■戦前の天皇家の資産が凄い

戦前の天皇家が株式、国債、土地などの資産を持っていたことはよく知られているが、財閥解体時の資料を基に天皇財閥は4大財閥の10倍程度の規模があったという。

天皇家が保有していた株式は、日本銀行、横浜正金銀行、朝鮮銀行、台湾銀行、南満州鉄道、日本郵船、東京電燈、帝国ホテルなど。天皇家は日本最大の金融王であり、地主でもあった。

富国強兵政策による事業拡大に歩調を合わせ、皇室財産は企業株の取得と投資を繰り返し、山林や土地の所有を合わせて日本一の富豪

当時の民衆を操作して、世界でも有数の莫大な富を手に入れる事に成功しました。そして戦争へ向かいます。

皇室予算だけではこのような金額を貯蓄することは不可能であるが、当時皇室は横浜正金(後の東京銀行)、興銀、三井、三菱ほか、満鉄、台湾銀行、東洋拓殖、王子製紙、台湾製糖、関東電気、日本郵船等、大銀行、大企業の大株主であり、その配当総計は莫大なものであった。

大日本帝国憲法下では、皇室財産は御料、御料地と呼ばれ、帝国議会の統制外にありました。

庶民が知らないところで、戦争によって多くの資産を蓄える事に成功しました。

昭和天皇に関しては大資本家、そして大日本帝国軍の最高指揮官としての商才を遺憾なく発揮した人物

戦争中、全ての日本人は餓死寸前の中、軍需工場で「無給」で重労働を行っていたのです。そうした重労働と日本人男性=軍人の死によって戦争によって得られた賠償金を、国民のためでなく自分の私的財産として天皇は着服し、密かに蓄財

財閥解体の時にも、天皇の財産は国政返還が行われているが、実際に返還されたのは一部の資産であり、多くの金塊等は自社の保有する船舶(日本郵船)によって、そそくさとスイスやアルゼンチンの銀行に運び込まれた

*現在も天皇家の資産は、スイスに多くが保管されていて、内務省の一級機密として扱われています。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めますが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーがユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行でした。

天皇家と財閥は、他国への侵略戦争で、ボロ儲けしていました。国民が死んでも知ったことではありません。

国民や農民の資産が 皇室に集まる仕組みが出来上がった。それと同時に軍人勅語・教育勅語等が準備されていく

アジアへの侵略が深まれば深まるほど儲かる銀行や会社の大株主だったのである。

森永家は、現在の安倍晋三さんの奥さんであり、お菓子メーカーとして日本の財閥形成をしています。

天皇家が日清戦争で味をしめたのは有名な話である。この侵略強盗戦争で清国から奪った賠償金は三億六千五百二十五万円。何故かこのうちの二千万円が皇室の財宝となった。

■銀行を支配していた天皇家

1 2 3





misukiruさん

このまとめに参加する