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歴史に隠れた集団的自衛権、朝鮮戦争で56名が命を落とした日本特別掃海隊

朝鮮戦争において、実は日本の特別掃海隊が派遣され、機雷除去に参加し、そして56名が命を落としたという経緯があった。

更新日: 2015年05月07日

palezioさん

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朝鮮戦争に派遣された海上保安庁掃海隊

朝鮮戦争において、実は日本の特別掃海隊が派遣され、機雷除去に参加し、そして56名が命を落としたという経緯があった。

朝鮮戦争の際に「国連軍の要求で」日本の海上保安庁が派遣した掃海隊

国連は、国際的な利害関係の中に存在する国際機関の一つにすぎず、南北朝鮮が対立し、東西冷戦が進む中で、決して中立の立場をとっていたわけではない。

朝鮮戦争においては、西側の利益を代表して戦争に参加、その中で占領下にあった日本からも憲法を無視する形で秘密裏に掃海隊が派遣され、命を落とした。

朝鮮戦争勃発の経緯

戦後、軍政による南朝鮮統治に失敗したアメリカ合衆国と李承晩政権は、支配力が失われることをおそれ、親日派と共産派の弾圧を行うとともに、ついに強引に南朝鮮だけでの選挙を実施、強硬に南北朝鮮を分離させた。

南北朝鮮の統一というもともとの目標を外からの圧力で壊された朝鮮半島。北朝鮮の金日成政権は、ついに、南北の戦争へと歩みを進める。この中で国連とアメリカ合衆国がどのように振る舞ったかについては以下のまとめを参照して頂きたい。

連合国に命じられて始まった朝鮮戦争参加

吉田茂首相の承認の下、日本占領にあたっていた連合国軍の指示に従い、10月16日に海上保安庁は掃海部隊を編成した。戦地での掃海活動は、戦争行為を構成する作戦行動であり、事実上この朝鮮戦争における掃海活動は、第二次世界大戦後の日本にとって初めての参戦となった。

1950年10月18日、葛麻半島西側の元山港を掃海作業中に触雷して爆発する韓国軍の掃海艇YMS-516

本船は右に針路変更中の旗をかかげて掃海作業

海上保安庁法第25条が海上保安庁の非軍事的性格を明文を以て規定していることから、問題となる可能性があった。そこで、建前上、日本特別掃海隊は日章旗ではなく、国際信号旗の「E旗」を掲げることが指示された。

第 25条 この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。

本船は右に針路変更中の意、あくまで掃海隊は軍隊ではありません、という立場を維持しつつ、海上保安庁の職員達が戦場へ派遣された。

日本掃海部隊は第95・66任務部隊(Task Unit 95.66)としてアメリカ第7艦隊司令官の指揮を受けること、 艇名および艇番号などを示すマークは総て消去すること、 日の丸の代わりに国際信号旗E旗を揚げることが指示された。

朝鮮の現地米海軍指揮官の指揮下に入るということは、 事実上、朝鮮戦争に参加させられることを意味した。

失われた命

国連軍のアメリカ艦隊の陸上砲撃のため10月16日まで掃海作業は中断され、再開された10月17日に日本の掃海艇のMS14号が触雷により沈没し、行方不明者1名(烹炊長中谷坂太郎)及び重軽傷者18名を出した。

海上保安官や民間船員など8000名以上を国連軍の作戦に参加させ、開戦からの半年に限っても56名が命を落とした。

触雷を回避するため、日本隊は前進任務部隊指揮官スミス(Allan E. Smith)アメリカ海軍少将に作業手順の改善を要求した。小型で喫水の浅いLCVPが先行して海面近くの機雷を掃海した後、掃海艇が進む方式を採るよう求めたのだ。しかし、スミス少将は「日本掃海隊は明朝0700出港して掃海を続行せよ。しからずんば日本に帰れ。その15分以内に出なければ砲撃する」と田村久三総指揮官に命令した。これを受け、能勢隊のMS 3隻は日本帰投を決定し、10月20日に下関に到着した。

ソ連・北朝鮮による反発

1950年10月、北朝鮮外相朴憲永は「国連軍に日本兵が参戦している」と非難を行った

出典北朝鮮外相 朴憲永

アメリカが日本兵を参加させている

出典ソ連 国連総会にて

韓国の反応

最近国連軍の中に、日本軍兵が入っているとの噂があるが、その真否はどうであれ、万一、今後日本がわれわれを助けるという理由で、韓国に出兵するとしたら、われわれは共産軍と戦っている銃身を回して、日本軍と戦うことになる

アメリカ軍政支配下の南朝鮮と、韓国建国後、その体制を引き継いだ李承晩政権は、日本の朝鮮総督府に由来する勢力を一掃するため、国内を反日で統制するとともに、反民族行為処罰法によって該当者を厳しく取り締まっていた。

隠蔽された掃海隊

日本特別掃海隊の存在は長らく秘され、派遣された隊員たちの「生の声」はなかなか表に出ることはなかった

第十回国会では、掃海隊の存在を察知した社会党と共産党が政府を糾弾し、日本国内に再武装反対の声が高まる一因となった。

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