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「編集」という言葉はコピーなのか、編集なのかについて

またまた飲み会でのどうでもいい話をtsudaった上に、まとめてみた。

更新日: 2014年07月04日

miyoccoさん

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編集を拡張してみようの会はじまります。

編集とは相手を慮ることである。今日のまとめはこれじゃないのか!あと、プロポーズ大作戦をみんなみよう!ハングオーバーでいこう!インハイからのハイ・ロースライダーも編集だ!もう、名言ばかりな飲み会だった。

というわけで本日は、前回のあべこーと砂流さんとの「編集を拡張してみよう会」の第2弾。編集に無関係な前回の3人に加え、なるみさん、えーすけ、あこという編集に携わる3名をいきなり加え、「もっと編集を拡張してみよう会」をやってみた。

ナンパ師は相手に合わせて自分の魅せ方を変えることで、テレビディレクターは映像を切りはりすることで、キャッチャーはどの球種をどこで使うかで、相手の感じ方を操作できる。感情を操ることができる。そしてそれは「編集」という方法でくくることができる。

じゃあ、一体全体、編集ってなんなのか、どうやったらうまくなるのか。それを知りたくて、3人にたくさん編集のやり方を聞く。(予定だったけど、ほとんど俺がドラマをプレゼンするだけの時間になってしまった感はいなめない)

コピーライトという言葉が和製英語で、なんでコピーという言葉を使ったのかわからないと言っていたあべこーの言葉がとても印象的だった。

コピーライトの極意と喩え

ちょっとその前に、コピーライトがうまくなる極意の1つ。例えの練習方法のはなしなったから、それをまとめておこう。正解を出したなるみさんのために。

田端さんはたとえの天才だ。分かりやすい喩えをどんどん出してくる。むしろあの人は喩えで生きてるんじゃないか。そんなことを話した。じゃあたとえってどうやったらうまくなるのか。例えるためには、喩えを見つけ、かつ、相手が分かる例えを使わないといけない。伝わらない。

あ、思い出した。例えの練習をするために、見たものすべてを例えてみればいいんじゃないのか。それがいちばんのドリルだって話になって、ビールをビールって言っちゃいけない。大人の麦汁的な。英語禁止ゲーム的な。むしろアイスコーヒーをオーヤンフィーフィーっていう的な!

辞書を編む人たちの仕事。毎日電車の中で知らない新しい言葉を見つけてはそれをオフィスで語釈考える。端的にその言葉を説明する。それが語釈。そしてそれってなんかさっきの練習に似てる。見つけたものを全部語釈つける。見つけたものを全部例える。

てゆーかすべてのことは、定義と例えが大切なのだ。それができるようになったら、その言葉をちゃんとわかったことになる。定義=語釈。じゃあ、編集の定義は何なのか。もしくはなんでないのか。を考えてみることにする。

化粧がうまい人は編集もうまいってあるけど、本当なのだろうか!言葉とビジュアルは意外と違うんじゃないかと。カメラマンがいいライターになれるとは限らないのと同じように!

化粧も編集も見えるものは最後のアウトプットだけ。その過程も、その大元の素材も関係ない。編集は結果が全て。結果が出てこそ編集。そんな話をしたけれど、一体何なのかよくわからない。

編集の定義とうまくなるコツ

編集は二人以上いないとなりたたない。だから、僕がスイカを食べるという行為において編集というものを挟む余地はない。僕がスイカの味をどう思うかはもう編集しようがない。編集は生ではできない。生に弱い。(と思っていたが、プロ野球の話から今はできると思う)

つまり、伝え手と受け手(ふたり以上の登場人物)がいないと成り立たないのだ。それが編集するための条件。

だからこそ、編集とは相手を慮る行為であるといえる。相手を慮る行為はすべて編集なのである。

相手が何を考え、こちらが何をしたいのか決め、そうなるためにあの手この手を尽くす。あの手この手のうち、文章を作りなおすことや、映像を切り貼りすることが編集と思われがちだけど、そこは手段でしかない。編集は慮ることを目的としたこと全てなのだ。

あーだったらおれ、編集無理やわー。とここまで話して思ったのだった。だって、相手のこと考えたり、相手を慮ったりするのぜんぜんできへんもん。何考えていいのか分からん。慮れてるのかチェックリストほしい。でも、だれも慮れてるのかチェックリストは持ってなかった。

じゃあ、どうやったら慮れるのか!ここのポイントは、喜ばせることが慮ることではないということだ。というか、こうやった相手がこう返す。それを予測して、結果どうなったのか。そのPDCAしかねーんじゃねーのかって言われた。PDCAか!だったらやれそうだ!

自分のWEBにたいする反応をメモって、それをそのまんま逆につかえば、釣れる記事が書けるっていうドリルはまさに!そしてそこから、テラスハウスの話になったことを思い出した!

そして、砂流さんのデート検定での話。相手を喜ばせること以上に、相手を困らせないこと。それがデートの極意!そう、プラスではなく、マイナスをなるべく作らないこと。それが、デートにおける編集の極意!コミュニケーションで相手が困らないことが重要なだってよ!

感情を向こうが出しやすいようにセッティングしてあげる。編集はおもてなしだ。何から何までこっちが用意してあげる。NAVERまとめはウィダーインゼリーだ!って話につながる。咀嚼しなくていいように、こっちが細かく刻んであげる。情報を。

編集は本当にボケとツッコミなのか

そしてとうとうボケとツッコミのはなしになるのである。

なんともまぁ、今の人達が情報の咀嚼能力がなくなる一方な気がしてならないけれど、そんなこといってたら編集ができないっちゃできないのかもしれない!根深い問題だ!

相手の反応を予想して、言葉を用意する。それは、よくボケとツッコミに例えられる。みんながツッコミやすいようにボケてあげる。そう言われている。でも、それはちょっとおかしい。それはボケじゃない。フリだ。

ボケっていうのはツッコミがひとつじゃない。ツッコミの個性に応じていろんなツッコミ方がある。でも、編集のツッコミは基本1つ。予想するツッコミはひとつ。それはフリだ。ダチョウ倶楽部の「押すなよ絶対押すなよ」はボケじゃない。前フリだ。そして、みんなが押す。

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