森鴎外は、頑固に麦飯の効果を否定し続け、現場からの要求に応じず、麦を供給しませんでした。その結果、海軍では脚気による死亡患者はほとんどなかったのに対して、陸軍では、日清戦争では 3944人(戦死者は293人)、日露戦争では27800人(戦死者は47000人(この中にも多くの脚気患者がいた))という非常に多くの兵士の命を脚気によって奪う結果となったのです。
 森鴎外らが高木の成果に対して柔軟な姿勢をとっていれば、死なずにすんだ多くの人間の命を奪ったのです。しかし、森鴎外は生涯、誤りを認めませんでした。

出典http://homepage3.nifty.com/ymorita/neta5.htm

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森鴎外はエリート医師のプライドで多くの軍人を死に至らせたのか?

明治を代表する文豪の森鴎外の本職は医師であり、軍医としてトップの位置まで上り詰めた。西洋医学を絶対視し、東洋医学や民間の食事療法を蔑視したことから、軍人の食事から麦を一掃してしまった。その結果として、多くの軍人たちを追い詰めることになった……

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