海軍医務局長高木兼寛は、明治8~13年のイギリス留学中、ヨーロッパに脚気がないことを知り、白米を主とする兵食に原因があるのを察する。彼は、まず遠洋航海実験で、蛋白を増やした新糧食により脚気の発生が事実上なくなるのを示した。さらに巧みな政治工作で猛反対を押し切り、明治18年以降、兵食を蛋白の多い麦飯に切り替えた。その結果、海軍での脚気はほぼ根絶する。

出典軍医森林太郎と脚気

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