脚気対策を明治17年頃終えた海軍に対し陸軍は森鴎外のプライドと面子から「海軍の対策は科学的根拠なし」として真似ようとはしなかった。
その後、国外での戦争が始まると陸軍の脚気病患者は急増した。
海軍の食事改善後も陸軍と森鴎外はその後20年も放置した事になる。

出典19話・脚気による病死者が多かった日清・日露戦争(森鴎外と脚気) - 歴史好き≪ナンチャッテ≫100kmウォーカーの憂鬱 - Yahoo!ブログ

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森鴎外はエリート医師のプライドで多くの軍人を死に至らせたのか?

明治を代表する文豪の森鴎外の本職は医師であり、軍医としてトップの位置まで上り詰めた。西洋医学を絶対視し、東洋医学や民間の食事療法を蔑視したことから、軍人の食事から麦を一掃してしまった。その結果として、多くの軍人たちを追い詰めることになった……

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