明治天皇、皇后陛下も脚気に悩まされていたため、高木を3度も陪食に招き、ご自身、麦飯を食べようとしたが、ドイツ帰りの医者たちは「脚気、黴菌説」に拘って反対。その結果、天皇は医者たちを信用しなくなり、晩年、糖尿病の治療を十分受けなかったといわれている。

出典◆脚気の克服者: Netmo 百家争鳴

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森鴎外はエリート医師のプライドで多くの軍人を死に至らせたのか?

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